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 今まで、アトピー性皮膚炎を対象にしたビジネスやマーケットがなぜ日本ではずっと消滅しないのかを、ステロイドバッシングの問題、広告規制の問題などから探ってきた。そのなかでは、ステロイド外用薬を使いたがらない患者につけこんだり、誇大広告で患者を引き寄せようとしたりする、アトピービジネスのネガティブな部分について触れてきた。

 しかし実際のところ、すべてのアトピー性皮膚炎に関する商品や治療法がこうしたあくどいものだというわけではない。むしろ、「アトピービジネス」という否定的な印象の言葉が作られた1990年代と比較すると、現在では怪しげなものは大幅に減り、誇大広告に頼らず、高額な費用も請求しない良心的なアトピー性皮膚炎患者向けの商品やサービスが地道に売られている、という印象がある。

不確実さをコントロールしたい患者の欲求と、それを汲むマーケット

 日本ではアトピー性皮膚炎とマーケットの結びつきが強いが、それは必ずしも否定的な意味だけではない。この連載の1回目2回目で述べたように、人はコントロールのできない不確実な病気を何とかコントロールするために、デトックスのようなわかりやすい物語に沿って病気を理解しようとする。

 ここでは、「赤ちゃんのデトックスをしてあげれば、赤ちゃんのアトピー性皮膚炎はよくなるんだ」という物語があることで、お母さんは病気に対して打つ手がみえてくるように感じられる(実際にデトックスとして何かをしても、よくなるかどうかはケースバイケースだが、少なくとも何をしていいかわからずオロオロするより、物語があるほうがお母さんにとっては心理的に楽なはずである)。

 この物語の例をみればわかるように、人間にはなんとか不確実なものをコントロール可能なものにしたいという根源的な欲求がある。その欲求が、日本の場合はマーケットと結びついたのだ、と考えられる。

 どういうことかというと、マーケットでは症状を改善したり治したりするための具体的な方法として、湯治療法のような治療法や、シャワーヘッドのような商品が提示される。シャワーヘッドであれば、「あなたのアトピー性皮膚炎の悪化の原因は水道水に含まれる塩素かもしれないので、このシャワーヘッドで塩素さえ取り除けば症状はよくなるはず」という、よくなるための道筋が具体的に説明されている。

 こういう説明をみると、まったく悪化の理由がわからないなかで、「そうか、もしかしたら塩素が原因だったのかもしれない」という仮定が患者のなかに生まれ、同時にシャワーヘッドを使うことで問題を解決していく道筋が見えてくるように感じられるのである(そして、全員ではないにせよ、一部の患者にとっては実際に塩素を除去して症状がよくなるということがある)。

マーケットのいい面と悪い面

 こうした意味で、マーケットの商品や治療法は、物語の果たす役割と同じように、不確実なものをコントロール可能なものにする(もしくは、みせる)役割を果たし、患者に症状をよくするための具体的な道筋を示してくれる。

 ただ、アトピー性皮膚炎の場合はひとりひとり原因や効果的な対処法が異なるため、ある人にとっては塩素除去が効果的でも、ある人にとってはまったく効果がない、ということが起こる。そのため、効果がなかった人にとっては、ムダ金を使ってがっかりする結果に終わるというリスクも当然ある。症状の原因がわからない患者にとっては、何かを試すということは常に一か八かの賭けであり、その結果によって、マーケットの商品もいいものにも悪いものにも映るのである。

 一方、卵や小麦などの食物アレルギーが原因でアトピー性皮膚炎が出る、というように症状の原因がはっきりしている場合には、

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筆者

牛山美穂

牛山美穂(うしやま・みほ) 大妻女子大学准教授(文化人類学、医療人類学)

大妻女子大学人間関係学部人間関係学科社会学専攻准教授。千葉県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了後、イギリスに渡りUniversity College London医療人類学コース修士課程修了。早稲田大学大学院文学研究科博士号(文学)取得。専門は文化人類学、医療人類学、ジェンダースタディーズ、カルチュラル・スタディーズ。現在の主な研究テーマは、医師と患者の関係、自助グループ、アトピー性皮膚炎をめぐる問題。主な著書に『ステロイドと「患者の知」:アトピー性皮膚炎のエスノグラフィー』(新曜社、2015年)など。

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