私自身のための闘争
2014年09月10日
当時の後期中等教育の政策に触れたが、文部省がなんと言おうと、高校生の最大の関心事は大学受験だった。
私たちは、最高学府の学歴が、豊かで安定した人生へのパスポートと信じた最後の世代に属している。ゆえに実業高校への進学は忌避されたし、だからこそ、葛西工業に代表される実業高校の闘争は重く受け止められた。
受験のプレッシャーが、長い影を高校生活に落としていたのは確かである。ただし、当時の高校生が抱えていた無力感は、受験の向こう側に垣間見える社会の閉塞感からも来ていた。
学歴の「効能」はまだ信じられていたが、色褪せてきていた。前著『「幸せ」の戦後史』(2013)で述べたように、団塊世代は、世代間階層上昇(子が高等教育の学歴によって親の階層を越えること)の終了を目の当たりにした最初の世代である。
「大学の大衆化」とともに、難関大学に進む上位階層の子弟が、高確率で階層相続に成功することが明らかになった。戦後の「大きな物語」であった階層上昇は一時の夢だった――その衝撃は全共闘運動を裏から突き動かし、ひいては高校闘争に及んでいたように思う。
もっとも、そのころ、このように視界が開けていたわけではない。
当時の私には、何も見えていなかった。
入学して最初に聞かされたのは、「勉強の大泉、クラブの石神井、恋愛の井草」という、各校の性格を言い当てたキャッチフレーズである。井草は女子生徒比率が高く、男女交際に都合のよい「軟派校」であることを意味していた。
このような世間的評価を耳にして、悄然とした生徒は少なくなかった。練馬区・江古田の中学校から進学した私は、中学時代こそ、計画遂行型のガリ勉として学年2~3位を維持していたが、高校に入学した瞬間に勉強というものにすっかり関心を失った。
てっきり、進学校の大泉に入れるものと思っていたから、井草に回されたショックもあった。でも、原因はそればかりではない。遅ればせながら、「自我」のようなものが目覚めたのだ。
「自我」の覚醒とは、私の場合、とりあえず勉強からの逃避だった。
教科書や参考書を開く代わりに、まずクラブ活動で卓球に打ちこんだ。精妙な技術が求められ、メンタル面の弱さがすぐゲームに出る難しいスポーツだけに、少々の練習では腕が上がらない。じきに頭の中は卓球でいっぱいになり、少年期に夢中だった魚釣りにも関心を失って、家族が心配したほどだった。
白いセルロイドのボールを追いかけ回していると、それだけで世界は完結すると思える瞬間もあった。しかし、さして技量の向上しない私は、2年生になる頃、卓球にも「限界」を感じ始めていた。あれはいつのことだったか、第三学区の大会で、実に無残な負け方をした時、いまふうにいえば、心が折れる小さな音を聞いた。
この頃の感情は、正直に言って、うまく言葉にできない。
学業の方は、もともと弱かった理数系が完全についていけなくなった。それ以上に、教科書に向かうと虚脱感に襲われて、手もアタマも動かなくなった。深夜放送をぼんやり聴きながら、気になる女子生徒のことなどを考えていると、じきに夜が明けた。定期考査の初日だというのに、何も準備できていなかったりした。
かなり苦しい時期だった。自分も学校も世の中も何も見えず、語れず、酸欠状態の観賞魚のように口をぱくぱくさせて喘いでいた。
しかし、こうした症候は、私だけのものではなかったらしい。
たとえば村上龍は、小説『69 Sixty nine』(1987)で次のように書いた。主人公は長崎県立佐世保北高校に通う、村上の(戯画化された)自画像である。
夏が過ぎて秋風が立ち、17歳になった頃、はじめて日記を書くようになった。現実と向き合うのがつらいので、心中のくしゃくしゃしたこだわりを書きつけていた。
これが、「自我」の目覚めの、第二段階である。
たとえば、1969年10月21日付けの文章が残っている。
この日、新左翼各党派は、前年の「新宿騒乱」の再発を狙って、新宿・高田馬場でゲリラ戦を展開、1500人以上が逮捕された。先に書いたように、青山高校には機動隊が導入された。私もこうしたニュースをテレビで見ていたはずだが、記された詩のような呻きのような文章は、完全に内側を向いている。
自分の頼りなさに直面し、その危機を回避するために、危地にある自分を相対化する方法はこれぐらいしか思いつかなかった。
そして(自分で言うのもおかしいが)興味深いことに、本章冒頭に書いた修学旅行の後、日記には、自身の人間観や世界観を訂正すべき時が来たと記されている。
このあたりから、変化が起きている。
実際には書き込まれている個人名を外し、要旨をかいつまんでみると、こうなる。
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