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[書評]『関東大震災の想像力』

ジェニファ−・ワイゼンフェルド 著 篠儀直子 訳

西浩孝 編集者・大月書店

今こそ関東大震災をふり返れ  

 2011年3月11日に東北地方を襲ったマグニチュード9.0の地震は、巨大津波を引き起こしただけでなく、われわれの視覚世界をおびただしいイメージで埋め尽くした。

 スペクタクル的な破壊の光景。荒廃した土地のパノラマ的眺望、ないし空撮。どこまでも続く廃墟のなかで嘆き悲しみ、うち沈む人々。壊れた日用品。家族や友人の行方を必死に探すメッセージで埋まった掲示板。――こうした災害についての「視覚的レパートリー」は、集合的記憶となり、やがて「国民的な物語」を形成する。

『関東大震災の想像力—災害と復興の視覚文化論—』(ジェニファ−・ワイゼンフェルド 著 篠儀直子 訳、青土社) 定価:本体6300円+税拡大『関東大震災の想像力――災害と復興の視覚文化論』(ジェニファ−・ワイゼンフェルド 著 篠儀直子 訳、青土社) 定価:本体6300円+税

 その基点が、1923年の関東大震災にあったことを、本書は当時の写真、映画、絵画、漫画、絵葉書、地図などを丹念に掘り起こすことで明らかにしている。

 たとえば、山村耕花による「大正大震災雙六」。近代になっても人気のゲームだったすごろくは、しばしば大衆雑誌に付録として綴じこまれた。

 この震災すごろくのふりだしは地震そのもので、午前11時58分で止まった時計と激しく揺れる家々が描かれる。続くコマは、焼けた風景や崩壊した名所(浅草十二階、上野公園、芝公園等)、軍との出会い、病院での手当て、避難所での滞在、バラック住まいなどで、「あがり」には「財産、生命、安全」とある。

 このすごろくは、運次第で誰もがくぐり抜けてこざるを得なかったいくつかの瞬間や経験を凝縮したものだが、貧困層や在日外国人などの経験は都合よく除外され、生き残るべく努力したストイックな犠牲者としての典型的日本人避難民像が強調されている。 

 あるいは『時事漫画』に掲載された、河森久夫の「震災直後の銀座と今の銀ブラ」。喪失と悲しみの荒廃した風景のなかを、うちひしがれた被災者が歩く地震直後の「銀ブラ」と、おしゃれに着飾った女性たちがそぞろ歩く後ろから、買った品物を腕いっぱいに抱えた男性がついてくる今の「銀ブラ」を並列した。

 この漫画は、「復興」を描くと同時に、「解放された女性たち」を批判するものとなっている。震災を機に、近代化と合理的都市計画を進めようとする者らは、必ずしも女性の解放を求めていたわけではなかった。

 このように震災に乗じた「抑圧」のメッセージは、その他の漫画にも見られる。 

 1930年の「復興祭」を描く絵葉書は、天照大神のいる天の岩戸から、新しいメトロポリスが生まれたさまをかたどっている。古代の神話と近代のシンボリズムを組み合わせることで、東京再生の神意と、天皇統治の慈悲とを直接的につないでいる。

 こうした一連の物語の完成が、震災で暴露された社会的不公正をあらわす物品やイメージがまったく不在の、震災記念堂と復興記念館の創設であった。 

 本書は、今に教訓を伝える記録も救い出している。もっとも評価されるのは、風刺画だ。 

 まず小川治平の「震幅四寸から」。地震が火災を起こし、火災が被災者を倒し、被災者が保険会社をぐらつかせ、これを山本権兵衛首相の姿をした政府が支えている様子が右から左へと描かれている。最終的に火災保険会社がもっとも多くの支払いをおこなった相手は実業家たちで、貧困者が恩恵を受けることはほとんどなかった。 

 また岡本一平の風刺画「看板の為の店構へ」は、大きすぎる看板をつけたぺらぺらのバラックと、バランスをとるために看板の反対側に置かれた家財道具が描かれる。このバラックが一方に傾いているのは、復興による利得に不釣合いがあることを示す。

 看板には「社会的奉仕的廉売」「復興用具一式」「復興第一商会」とあり、復興が実際にはあくどい商業的利益をもたらしているにもかかわらず、それを慈善に見せかける様子を痛烈に批判している。 

 震災に耐え抜いた帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトは、廃墟と化した帝都を見て、「今後わたしは、環太平洋地域に高い建物を建てることに反対します。(中略)東京をアメリカ的な近代都市として再建しようというプロパガンダを阻止するつもりです」と書いた。

 レンガ造りの近代的建造物が崩壊するなか、木造建築の浅草寺が持ちこたえた事実は、西洋こそが最良だとする日本の近代化の根本的前提を、じつは深刻に揺るがしたのだった。 

 本書につぎつぎと登場するイメージは、1923年と現在とが驚くほど似ており、われわれがなおいっそう強烈に「国家的な物語」に取り囲まれていることを、はっきりと見せつける。

 著者が強調するように、人間の介在があるときのみ、自然現象は人類にとって「災害」となるのであり、「純粋な自然災害」というものは存在しない。

 これらの膨大なイメージ群から読み取るべきは、震災をきっかけとして、いかに「国家的な物語」が構築されるかということである。関東大震災が表面化させた深い社会的・文化的・歴史的意識をわれわれが忘れ去るのであれば、それはより悲惨なかたちで繰り返されることになるだろう。 

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

西浩孝

西浩孝(にし・ひろたか) 編集者・大月書店

1982年生まれ。大月書店編集部勤務。編集した本に、藤井貞和『言葉と戦争』、宮地尚子『傷を愛せるか』、アモス・オズ『わたしたちが正しい場所に花は咲かない』、代島治彦『ミニシアター巡礼』、鎌田遵『ドキュメント アメリカ先住民―あらたな歴史をきざむ民―』、NHK取材班『あれからの日々を数えて―東日本大震災・一年の記録―』、青木深『めぐりあうものたちの群像―戦後日本の米軍基地と音楽1945-1958―』など。