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ベネチア国際映画祭リポート(上)――芸術的純度の高い受賞作

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

 ベネチア国際映画祭に参加して、コンペ作品20本に加えてコンペ外作品やオリゾンティ部門など十数本を見た。毎朝9時や8時半から午前中に2本、午後から夕方にかけて2本。そんな生活を10日間送っているうちに見えてきたことがいくつかあった。全体のレポートは「日経新聞」9月9日付夕刊に書いたが、そこに書ききれなかったことを中心に書きたい。

一般客で賑わう映画祭会場周辺(撮影・筆者一般客で賑わうベネチア映画祭会場周辺=撮影・筆者
 コンペに関して言えば、1990年代から頻繁にこの映画祭に通っている私の眼からしても、作品本位で選んだ極めて誠実なセレクションだったと思う。

 監督や俳優の知名度や内容の話題性、あるいは作品の完成度の高さではなく、その1本にどれだけ監督が力を注いだか、どれだけ新しいことに取り組んだかを基準に選ばれている気がした。

 その意味で作品によって好き嫌いはあっても、見て損をしたというタイプの作品はなかったと言えよう。

 「朝日新聞」9月10日付夕刊には「冗長な作品や小粒な作品が目立ち全体的に低調」という書き出しの記事があったが、本当に同じ映画祭のことなのだろうか。

 結果として上位3賞は、金獅子賞がスウェーデンのロイ・アンダーソン監督『枝に止まり、存在について考える鳩』(この映画を新聞各紙が『ア・ピジョン・サット・オン・ア・ブランチ・リフレクティング・オン・エグジスタンス』と英語のカタカナ読みをしたのには、ビックリ!)、銀獅子賞(監督賞)はロシアのアンドレイ・コンチャロフスキー監督の『郵便配達人の白夜』、審査員大賞がアメリカ生まれでデンマークに住むジョシュア・オッペンハイマー監督の『ルック・オブ・サイレンス』。

 この発表を聞いた時、アレクサンドル・デスプラ率いる審査員はずいぶん芸術的純度の高いものを選んだなと思った。まじめ過ぎるセレクションに敢えて逆らったような気さえした。

 私の予想は、『ルック・オブ・サイレンス』、トルコ系ドイツ人監督の『ザ・カット』、イタリアのマリオ・マルトーネ監督『素晴らしき若者』の3本が本命で、メキシコ出身のアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督がアメリカで撮った『バードマン』と『郵便配達人の白夜』、イタリアのフランチェスコ・ムンティ監督の『黒い魂』も賞に絡みそうだというものだったが、あまり当たらなかった。

 なぜそう考えたかというと、今年は歴史や人間の記憶について考える映画が多かったからだ。あえて国や個人の隠したい過去を暴くような勇気ある作品が、20本のコンペの半分ほどを占めたので、その中から選ばれるのではないかと思った。

『枝に止まり、存在について考える鳩』『枝に止まり、存在について考える鳩』
 『枝に止まり、存在について考える鳩』は、まるでサミュエル・ベケットの芝居のように、孤独な人々がポツポツと語るさまを固定カメラで見せる。それでいて画面は、エドワード・ホッパーの絵のようにしっかりと構成されている。

 2人の玩具売りを中心とした笑えない話の連続は脱力感に満ちているが、それがなぜか21世紀的な寓話に見えてくる。現代の忘れられた人々や風景と言ったらいいのか。さらにかつての戦争のシーンまで現代に混入してくる。

 現代の人間を鳩が見たらこんなもんですよ、というのが題名の意味なのだろうか。映画が終わった時、その途方もない試みに、多くの観客は狐につままれたような顔をして出てきたのを覚えている。日刊ニュースの星取り表(イタリアの新聞・雑誌の評論家11名、イタリアの観客11名、海外新聞・雑誌の評論家8名ずつの3種)では、2つ星から5つ星まで大きく分かれた。

 海外の評論家による星取表を見ると、映画祭の前半では『ルック・オブ・サイレンス』」と『バードマン』、後半では『木に止まり、存在について考える鳩』」と『郵便配達人の白夜』の評価が高かった。

『郵便配達人の白夜』『郵便配達人の白夜』
 総じて評判の良かったのが、銀を取った『郵便配達人の白夜』。舞台はロシアの辺境で移動はボートのみという湖に囲まれた寒村が舞台。

 主人公のリョーカは中年男で、老人ばかりの住民に頼られている。何もない大きな家の中が広角レンズで写る。リョーカは近所の子連れの女を好きになるが相手にされない。

 彼がボートで湖を渡る時、そこに不思議な詩情が漂う。監督はかつて米国で撮った『暴走機関車』などで知られていたが、ロシアに戻ってその過酷な現実を映画に撮った。

 審査員大賞を取った『ルック・オブ・サイレンス』(Look of Silence)は日本でも今年『アクト・オブ・キリング』が公開されて話題を呼んだ監督の新作で、いわば続編ともいうべき内容。

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