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ベネチア国際映画祭リポート(中)――歴史や記憶をテーマにした力作

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

 今年は『ルック・オブ・サイレンス』以外にも歴史を扱った力作が目立った。歴史上の人物を描いたもので際立っていたのがイタリアのマリオ・マルトーネ監督の『素晴らしき若者』で、歴史に翻弄される無名の人々を描いた映画ではトルコ系ドイツ人のファティ・アキン監督の『ザ・カット』が特に見ごたえがあった。

『素晴らしき若者』『素晴らしき若者』
 『素晴らしき若者』は、19世紀前半にイタリアで活躍した詩人、哲学者のジャコモ・レオパルディの生涯を追った秀作。

 裕福な地方貴族の家に生まれながら小さい頃から文学に傾倒し、世の中に背を向けて詩を書き続けるレオパルディをエリオ・ジェルマーノが演じる。

 ある意味でドラマの少ない淡々とした物語だが、レナート・ベルタの撮影は時々はっとするほど鮮烈だし、せむし男のようになりながら好きなことだけを追求するレオパルディの自由な姿はどこかオタクのようで極めて現代的だ。

 レオパルディはイタリアでは有名なせいか、この映画はイタリアの批評家の評価が極めて高かった。

 同じように有名人を淡々と描いた映画でも、イタリア系アメリカ人のアベル・フェラーラ監督の『パゾリーニ』(Pasolini)になると疑問が残った。

 映画監督、詩人のピエロ・パオロ・パゾリーニの晩年を淡々と描いたもので、ウィレム・デフォー(そっくり!)演じるパゾリーニがパリやコペンハーゲンに講演旅行し、インタビューに答える。

 そしてある夜、1人で車に乗り、少年を乗せて海に向かい、不良少年たちに囲まれて殺される。あまりに神話的な人物を描いたわりには、こちらの映画には何か決定的なものが欠けている気がした。

 無名の人々を描いた映画は、『ザ・カット』を始めとして力作が多かった。フランスのダヴィッド・オエルオーファン監督の『人々から遠く離れて』、日本の塚本普也監督の『野火』。

『ザ・カット』『ザ・カット』
 『ザ・カット』は、第一次世界大戦前後のオスマントルコによるアルメニア人虐殺を描く。

 突然トルコ軍が自宅にやってきて強制労働に駆り出された男(タヒール・ラヒム)は、後に自分の故郷が荒らされて家族が死んでしまったと知らされる。

 ところが双子の娘が生きているという話を聞いて、男はトルコ国内からレバノン、アメリカへ渡る。あらゆる生命の危険を乗り越えてどこまでも行く男の姿が印象的だ。

 ファティ・アキン監督はこれまでドイツにおけるトルコ系の人々を愛情を込めて描いてきたが、今度は敢えてトルコ政府が隠したい歴史に踏み込んだ。

 ここ数年は軽い作品の多かったアキン監督だが、今回はルーツに戻って迫力満点の力作を作った。もともとカンヌへの出品が予定されていながら「個人的な理由」で取りやめたと書かれていたが、トルコ政府の圧力があったのかどうか。

 『人々から遠く離れて』は、1954年のフランス植民地時代のアルジェリアを舞台に、1人のフランス人教師と偶然匿うアルジェリア人の友情を描くものでカミュが原作。

 先生を演じるのが製作にも名を連ねるヴィゴ・モーテンセンで、元軍人だが田舎の小学校でアルジェリアの子供たちに教えている。反乱軍に殺されそうになったり、フランス軍に捕まったり。いつ死んでもおかしくない状況を、フランス映画には珍しい硬質な画面で淡々と描く。これまたフランスにとって思い出したくない負の記憶だろう。

 塚本普也監督の『野火』は

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