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フランソワ・トリュフォー特集が到来!(1)――『大人は判ってくれない』の<軽やかな哀しさ>

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 フランソワ・トリュフォー監督の「没後30年」を記念して、東京・有楽町で彼の全23作品が上映される(10月11日~)。映画ファンなら絶対に見逃せない特集だ。

 フランソワ・トリュフォー(1932-84)は、ジャン=リュック・ゴダール、クロード・シャブロルとならぶ、フランス・ヌーヴェル・ヴァーグ(以下NV)の“三銃士”の一人であり、恋愛映画を中心に、子ども映画、犯罪映画、SF映画など、さまざまなジャンルの傑作、秀作を撮ったが、ここでは彼の長編デビュー作、『大人は判ってくれない』(1959、モノクロ)を取り上げたい。

 が、その前にまず、トリュフォーの不幸な生い立ちと、彼が映画を撮るにいたった経緯を、ざっと記しておこう(NVという“映画革命”の概要については後述)。

 両親の愛情を十分に得られず、小学校も卒業せぬまま「問題児」となったトリュフォーは、1948年に少年鑑別所(感化院)に送られる。家庭にも学校にも居場所を見つけられなかった彼の孤独を、唯一癒してくれたのは映画を見ることだった。

 そして49年、すでにシネフィル(映画狂)青年であったトリュフォーは、15歳年上の映画評論家で彼の“精神的父親”となるアンドレ・バザンに救われ、その手引きで50年代から映画批評を「カイエ・デュ・シネマ」誌などに精力的に執筆し、従来のフランス映画の「良質な伝統」――脚本中心主義や心理主義など――を痛烈にこきおろし、「フランス映画の墓掘り人」の異名をとった。

 やがて初々しい短編『あこがれ』(57)を経て、59年に世に問うた半自伝的な初の長篇『大人は判ってくれない』は、同年のカンヌ国際映画祭・監督賞に輝き、興行的にも大成功を収め、トリュフォーの名とNVという映画のムーブメントを――ゴダールの『勝手にしやがれ』(同年)とともに――一躍世に知らしめ、フランスのみならず世界の映画界に新風を吹き込んだ。

 そして、ジャンル的には“子ども映画”である『大人は判ってくれない』で、14歳の主人公アントワーヌ・ドワネルと彼を演じたジャン=ピエール・レオー(当時13歳)とは、いわばトリュフォーの「分身」ないしは「自画像」として、以後、主人公/主役として成長してゆくことになる(もちろん、映画作家トリュフォー自身の成長とも並行して)。

 すなわち、26歳で(!)メガホンを取った『大人は判ってくれない』を皮切りに、トリュフォーは「アントワーヌ・ドワネルもの」と呼ばれる一連の半自伝的映画、『アントワーヌとコレット<二十歳の恋>より』(62)、『夜霧の恋人たち』(68)、『家庭』(70)、『逃げ去る恋』(79)を撮るのである。

 だがそれにしても、『大人は判ってくれない』は、いま見直しても斬新さ・鮮烈さが色あせるどころか、いよいよその輝きを増すばかりの傑作だ(まあそう感じられるのは、今日の大半の映画がいちじるしくレベルダウンしているからでもあろうが)。

――アントワーヌ・ドワネル(ジャン=ピエール・レオー)は母と継父と3人で、パリの下町の狭いアパルトマンに暮らしている。共働きの両親の仲はしっくりいっておらず、口論が絶えない。クレール・モーリエ(ちょっと美人でグラマー)扮する母は口うるさく、父は母の顔色ばかりうかがっている。

 アントワーヌは毎日家事を手伝い、宿題も手につかなかった(山田宏一氏が言うように、まさしく、「暗いみじめなアパルトマンの小部屋の寝袋にうずくまって、少年[アントワーヌ]は毎夜、息を殺しながら、隣室から聞こえてくる両親のいがみ合いの声に耳をおおうことなく耐えている」のだ<山田宏一『フランソワ・トリュフォー映画読本』、平凡社、2003>)。

 加えて、小学校の底意地の悪い担任教師(ギー・ドコンブル)は、アントワーヌを目の敵(かたき)にし、何かにつけ彼に罰をあたえた。

 そんなある日、親友のルネ(パトリック・オーフェー)―――彼はアントワーヌの「分身」、ないしは「影」であるかのようだ――と学校をさぼり、街へ出たアントワーヌは、母が見知らぬ男とキスをしているのを目撃する(母とアントワーヌの目が合う瞬間的なスリル!)。

 翌日、学校をさぼった理由を教師に聞かれたアントワーヌは、思わず「母が死にました」と答えてしまう。ところが学校に両親が現われ、嘘はばれ、アントワーヌは父に平手打ちを喰う。

 後日いつになく上機嫌の母が、アントワーヌを学校に迎えに来て、親子3人で映画を見に行き、彼は久しぶりに楽しい時を過ごす(映画館とはむろん、アントワーヌとトリュフォーにとって、気ままにぶらつくパリの街同様――家や学校とは正反対の――幸福な空間だった。なお作中で3人が見る映画は、トリュフォーの友人でNVの盟友だったジャック・リヴェットの『パリはわれらのもの』<58>で、映画館はル・ゴーモン=パラス)。

 だがそれも束の間、アントワーヌは作文の課題で、19世紀の文豪バルザックの小説、『絶対の探求』を丸写しにしたことがばれ、またもや教師にこっぴどく叱られ、結果家出し、ルネの家にかくまわれる(ルネの父はブルジョワ/大金持ちで、その家は大邸宅だった)。

 やがて、決定的な出来事が起こる。――アントワーヌは遊ぶカネ欲しさに、父の会社のタイプライターを盗み出すがすぐに発覚し、両親は彼を見放すかたちで少年鑑別所に入れる。

 やがてアントワーヌは鑑別所を脱走し、まだ見ぬ海へと向かう……。

 このように物語を要約しただけでは、『大人は判ってくれない』はシリアスな暗さ一色の、もしくはお涙頂戴のセンチメンタルな映画に思われるかもしれない。が、けっしてそうではない。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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