メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

『花子とアン』が楽しめなかった最大の理由

青木るえか エッセイスト

 『花子とアン』が終わって……というタイミングで、こんなものがネットに出たのでちょっとご紹介します。

 『渡辺あや氏 #カーネーション で尾野真千子を降ろせ!という圧力があったとの報道について』

 一読して「うへぇー……」という声が漏れ出た。私はかねがね「カーネーションは好きになれん。ダメなドラマじゃないし丁寧につくってるし一貫した美意識もあるけど、それでも好きになれん」と言っていましたが、その気持ちにさらにダメ押し。

 どうですか、この、脚本家の、「美しい気遣いの美しさ」(文章として間違ってますけど間違ってでもそう書きたい)。オノマチが夏木マリに変わったのは、これを読もうが読むまいが「へん」であったが、そんなヘンなキャスティングなんてのはテレビドラマにはよくあることであり、最後のあのバタバタにようやくホッと息をつけたのが『カーネーション』だった。

 しかし、そんなドタバタすらなかったことにしたいのか、と思いましたねこれ読んで。

 「すべては素敵な人びとの美しい想いと的確な仕事によって、カーネーションはできあがった」と、こんな、終わってから何年も経ってからも言われちゃゲンナリするというものだ。

 そうです。単に、趣味じゃないというだけの話なのですが。別に間違ったことをしてるわけじゃない、ちゃんとしてる、けどどうしても受け入れがたい趣味。

 「人それぞれだから」とそういうところは目をつぶるものですが、こうみんながこの趣味を「良きもの」としてホメてるのを見ると「きーっ」となるので、ガマンならず書いてみた。

 他に、このまとめの中で私が「うへー」と思ったのが、

 「『猛獣』にはじまり、『いけず』『いこじ』『アホ』『ぶさいく』『才能ある』の『ない』の…」
 「正直執筆中、私は三姉妹様には『もう二度とお目にかかれまい』ことを覚悟の上で、あのように無礼極まりない表現をし散らかしておりました。けれども結果的に放映中もその後も、三姉妹様から私は感謝以外の言葉を受け取ったことがありません。」
 「人としての度量、そして何より表現者としての矜持、そのあり方を鮮烈にお示しいただいたと思い、コシノヒロコ、ジュンコ、ミチコの三姉妹様を、私は今なお深い感謝とともに仰ぎ見続けております。」

 ここ。「…」は? なぜコシノ三姉妹がそんなことで怒る?(実際怒ってないし)

 そんなもん、ドラマ(それもNHKの朝ドラ!)の上でイケズだぶさいくだ言われるほうが嬉しいに決まってるではないか。いじってもらいたいに決まってるだろう。彼らはすでに名を成した人たちであるのだから、言われりゃ言われるほど嬉しいよ。

 というようなことは渡辺あやぐらいになればわかっているはずで、でもこういうことを書くというのはつまり、彼らの心が広いすばらしい、とホメながら同時に「彼らが満足した私の脚本」という自慢をしている。

 それを自覚してるのかどうかはわからない、たぶんしてないと思うのだけど、悪気はほんとにないんだなあ渡辺あや。その悪気のなさが、私には耐えがたい。まったく、言いがかりにもほどがあるが、なるべく渡辺あやの世界には近寄りたくないものだと思う。

主人公・花子を演じた吉高由里子さん(左)と蓮子役の仲間由紀恵さん(右)=2014年8月26日拡大『花子とアン』の収録を終えて。花子を演じた吉高由里子さん(左)と蓮子役の仲間由紀恵さん=2014年8月26日
 ここまでネチネチ言ってから、では『花子とアン』に移る。

 『花子とアン』は『カーネーション』よりドラマのデキが悪かった。

 エッ! そこまで嫌いなカーネーション以下ですか! ええ、そう思います。

 登場人物が、どういう人なのかよくわからない。

 蓮子さんの亭主になる龍一という男が、出てきた時から陰険そうでイヤな感じだったが、別に陰険なら陰険でいいんだ。ドラマの中にはそういう人物も必要だろうから。

 でも別に陰険な人物、でもないらしいんですよ、龍一っていう男は。しかし発するセリフや演技は陰険男。なぜ。

 蓮子の元夫・伝助さんは、別に本筋にからむ男じゃないにもかかわらず、やけに書き込まれてへんな人気が出ていた。

 いかにもわかりやすい「愛される敵役」っぽいので、人気が出るのもわかるんだけど、話の中ではバランス悪かった。蓮子が龍一に走ったのも、単に蓮子がダメな女みたいに見えるし。蓮子の若気の至りで後に悔いて……とかいうんでもないし。

 花子の亭主も、あれでいいのか?と思わされる。まるで自分がない如く花子の言うことなんでも聞いてるし。

 いやだから、そういう男でもいいんだってば、そういう男が夫であるからこそのストーリーなら。

 そうじゃないんだもん。そもそも必要なかったんじゃないの、花子の亭主。と思ってしまうような存在感。

 『カーネーション』の登場人物に、そういうことはなかった。私の好きじゃないタイプがズラリと揃っていたけれど、「コイツがここでその行動はヘンだろ!」ということはなかった。突拍子もないことは山ほどしてたけど、それは「登場人物が突拍子もないことをする話」だということは見ていてわかるので、その点でひっかかるということはない。ただそういう話が嫌いなだけで。

 朝ドラに限らず、大河でもそうだけど、長期にわたる連続ドラマで、この「登場人物がストーリーの流れの上で納得いかない言動をする」のはたいへん多くて、『花子とアン』もその一つにすぎない、といえば言える。『カーネーション』と『あまちゃん』はそのへんしっかりしてたんだよなあ。渡辺あやと宮藤官九郎をホメるのはイヤなんだけど。でも他がひどいからなあ。

 しかし私が『花子とアン』にはまれなかった理由の最大のものは、 ・・・ログインして読む
(残り:約975文字/本文:約3293文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

青木るえか

青木るえか(あおき・るえか) エッセイスト

1962年、東京生まれ東京育ち。エッセイスト。女子美術大学卒業。25歳から2年に1回引っ越しをする人生となる。現在は福岡在住。広島で出会ったホルモン天ぷらに耽溺中。とくに血肝のファン。著書に『定年がやってくる――妻の本音と夫の心得』(ちくま新書)、『主婦でスミマセン』(角川文庫)、『猫の品格』(文春新書)、『OSKを見にいけ!』(青弓社)など。

青木るえかの記事

もっと見る