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「紙」から書物を考える(中)――デジタルメディアへの転換は終わっていない

福嶋聡 ジュンク堂書店難波店店長

 夢中になって本を読んでいるとき、人はその素材である紙の存在を忘れている。コンテンツの背景として意識されない度合いが大きいほど、出版用紙の品質は高いと言える。

 同様に、メディア史の研究においても、紙は背景に退いていた。メディア史の画期は、常に15世紀のグーテンベルク印刷機の発明であった。

 だが、『メディアとしての紙の文化史』(東洋書林)の著者ローター・ミュラーは、はっきりと断言する。

 “紙の歴史こそは、デジタル技術を応用した蓄積・流通メディアの先史なのである。現在、電子メディアの発達とデジタル化の急速な進展によって変化しつつあるのは、「グーテンベルクの世界」ではなく、紙の時代そのものなのである。”

 ミュラーは、“13世紀以降のヨーロッパの製紙技術こそ、活版印刷の普及のための条件であった”という。即ち、活版印刷の誕生のかなり前に、紙の需要は高まっていたのだ。

 紙は、素早く書き込むことができ、書いた文字が読みやすい。そして、書いた文字を、パピルスのように洗い流したり、羊皮紙のように掻き落とすことができず、偽造の危険が非常に低かった。

 そのため、行政・司法においても、通商においても紙は重用された。スペインのフェリペ2世は、領内各地と書類のやりとりによる統治を試み、ジェノヴァの製紙業は、貿易業や金融業と深く結びつく。紙の用途は多様で、14世紀のドイツでは、針や留め金といった製品を包装するための紙が、製紙所への注文の主要部分を占めていたという。

 歴史の長きにわたり、そして現在に至るまで、紙の重要性を最も容易に実感できるのは、紙幣であろう。紙幣としての紙は、「黄金の代用物」であり、市場経済にとって不可欠のメディアであり続けているからだ。

 他にも、郵便制度の発達と結びついた頻繁な書簡のやり取り、近代において新聞の果たした役割……。 “紙は、新しい形式や文化に適応する能力に優れたメディアであり、だからこそ近代文明における重要な地位を確保することができた”、とミュラーは言う。

 その一方で、次のようにも言われている。

 “紙は、新しい生活様式を生み出すのではなく、 ・・・ログインして読む
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筆者

福嶋聡

福嶋聡(ふくしま・あきら) ジュンク堂書店難波店店長

1959年生まれ。京都大学文学部哲学科卒。1982年、ジュンク堂書店入社。サンパル店(神戸)、京都店、仙台店、池袋本店などを経て、現在、難波店店長。著書に『希望の書店論』(人文書院)、『劇場としての書店』(新評論)など。

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