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[書評]『評伝 ワーズワス』

出口保夫 著

小林章夫 上智大学教授

ロマン派の代表的詩人の伝記とは?  

 イギリスの詩人の評伝が、日本人の著書として出るのは久しぶりのことである。しかもその対象がウィリアム・ワーズワスとなれば、英文学を学んでいる人には見逃すことはできまい。それも400ページを超える大著であり、このロマン派を代表する詩人の伝記としてふさわしいものだ。長年、日本におけるイギリスロマン派の研究をリードしてきた著者の手になる力作である。

『評伝 ワーズワス』(出口保夫 著、研究社) 定価:本体4500円+税『評伝 ワーズワス』(出口保夫 著、研究社) 定価:本体4500円+税
 まず、伝記としての常道を守りつつ、詩人の出自から始まってその死去までが語られるが、そこで重要なのは各所に詩人の詩、日記、手紙などが織り交ぜられていき、ワーズワスという詩人の成立から成熟、そして老いまでが辿られていくことである。これこそが「評伝」と銘打ったこの伝記の核になる部分と言ってもいい。

 この詩人の膨大な作品の中から適切な箇所を選び出し、その引用によって詩人の成長の跡を語らせるのは常道と言えば常道だが、その常道をやってのけるだけの蓄積がなければできないことなのである。

 第2に、詩人の生涯を中心に追いかけつつ、同時代のさまざまな人物の姿、時代の移り変わりなどを的確に描き出すことで、この評伝は広がりをもつことになる。あえて言えば、ワーズワスとその時代を描き出したものなのである。

 第3に、いや、もっとも重要なのは、これだけの大著が明晰な文章で綴られていることで、それが読者にとっては何よりもうれしい。

 著者が慣れ親しんだイギリスでは、もちろん伝記が人気のあるジャンルで、今もそうした趣味は生きている。人間への関心こそが豊かな内容をもつ作品を生み出し、それを読む楽しみが多くの読者によって共有されることで伝統が作られていくのだとすれば、その一翼をになうことになる作品がここにある、と言わなければなるまい。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。