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[書評]『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 』

矢部宏治 著

小木田順子 編集者・幻冬舎

「バカの壁」にひびが入った  

 節操ないことだが、バリバリ護憲の本も、バリバリ改憲の本もつくったことがある。それも、どちらにもかなり親身に肩入れして。その結果、「で、あなたは護憲改憲どっちなの? 9条についてはどう思うの?」と問われると、「えっと、一応護憲がいいんだけどゴニョゴニョ」という情けない現状に至っている。

 私の脳内には、憲法をめぐる「バカの壁」がある。ひとつ。日本国憲法を書いたのはGHQだということは、歴史的事実として争いがないレベルなんだとは思う。だけど「中身が良ければ誰が書いたっていいんじゃない?」とひとりごちて思考停止。

『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 著、集英社インターナショナル) 定価:本体1200円+税拡大『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 著、集英社インターナショナル) 定価:本体1200円+税
『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 著、集英社インターナショナル)

 さらに。9条の条文を素直に読んだら、どう考えたって自衛隊は違憲。かといって自衛隊を廃止するのは非現実的だと思うし、改憲して戦争OKの国になるのはイヤだし(もうなってるという話はありますが)、戦後70年、これでなんとかやってきたんだから、「寝た子は起こさず。現状維持がいいんじゃない?」とひとりごちて思考停止。

 そして。「これまでなんとかやってきた」という認識そのものが欺瞞でしょ? 日本はアメリカに依存し服従してぬくぬくと金儲けに邁進してきたんだから。……と言われると、対米従属は良くないと思うけど、沖縄に全部押し付けてきたのも良くないけど、でも自主独立外交なんてどうやったって無理でしょ? と完全にお手上げ。

 本書の著者は、『戦後史の正体』をはじめとする「〈戦後再発見〉双書」(創元社)の企画・編集責任者である。

 なぜ戦後70年経っても沖縄のみならず日本全国の上空をアメリカ軍が自由に飛び回れるのか。福島第一原発の未曽有の大事故で、なぜ原発が廃止にならないどころか誰ひとり刑事責任を問われないのか。

 その答えを、「日本国憲法の上位に安保法体系が位置する」という戦後日本の歪んだ権力構造から解き明かしたのが本書だ。問題意識・内容ともに、「〈戦後再発見〉双書」の『戦後史の正体』『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』『検証・法治国家崩壊』に連なっている。

 基地問題と原発問題をつなぐ謎解きが巧みに展開され、つい「これ陰謀論じゃない?」と茶々を入れたくなる面白さなのだが、もちろんそんなことはなく、全編にわたりきわめて実証的。既存の戦後史研究をきっちりトレースしているだけでなく、1940年代~50年代のアメリカ公文書の原文(!)にも著者自ら当たっている。

 同業の編集者として脱帽したり嫉妬したりする点が山とある本なのだが、それでも私にとって一番インパクトが大きかったのは、やはり憲法について論じているところだ。

 まずひとつ。「中身さえ良ければ誰が書いたっていい」問題については、「良くない。全く間違っている」。その国の主権者が自ら憲法を書いていることは立憲主義の本質であり、そんな非常識なことをやっているのは日本だけだと断言する。……やっぱりそうなんだ。

 次いで9条問題。これを解決するには9条1項(戦争放棄)と2項(戦力および交戦権の放棄)を分けて議論する必要がある。

 説明をものすごく乱暴に省略して結論だけ紹介すると、1項は、1928年のパリ不戦条約の流れをひく、国連憲章の理念そのもので、このような不戦条項は他国の憲法にもあり、日本特有のものではない。

 9条問題とはすなわち2項問題である。1項は今のままで国連憲章を中心とする「国際法の原則」に拠って立つことを示しさえすれば、2項はある意味、技術論。専守防衛の縛りをかけた最低限の防衛力を持つことを決めておけばよい。……そうおさめればいいのか。

 そして対米従属問題。国内に外国軍を駐留させているのは独立国ではない。米軍撤退を憲法に明記すべきである。そんなことできるのか? できると断言。お手本はフィリピン。米軍を完全撤退させながらアメリカとの安全保障条約を維持している「フィリピンモデル」こそ、大戦敗戦国が主権を回復する唯一無二のセオリーである。……そんなやり方があったんだ!

 思考停止していたゴニョゴニョ問題に、自分が拠って立ちたい中道リベラルの立場から、こんな明快な「出口戦略」が示されたのは、私にとっては初めての体験だった(たんにお前が不勉強なだけだという批判があるだろうことは承知していますが)。

 それでも、話題のシリーズを手掛けた編集者の著作だと思って目に留まり、沖縄県知事選も近いからと思って読み始めたら、ただの反基地・反原発の本ではない。天皇の戦争責任にも言及し、「護憲派」「改憲派」が触れられたくない点にも遠慮なく踏み込んでいる。我ながら鉄壁だと思っていた憲法をめぐる「バカの壁」に不意打ちでひびが入ってしまったのだから、あー驚きました。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

小木田順子

小木田順子(こぎた・じゅんこ) 編集者・幻冬舎

1966年、長野県生まれ。90年、PHP研究所に入社。PHP新書創刊に携わる。2005年、幻冬舎に入社し、幻冬舎新書の創刊に携わる。気がつけば、編集者人生の大半を新書編集者として過ごしている。担当した本は村山斉『宇宙は何でできているのか』(新書大賞2011)、香山リカ『しがみつかない生き方』、國分功一郎『来るべき民主主義』など。書評誌『いける本・いけない本』編集長も務める。