メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

朝日新聞叩きを考える(下)――惨状を打開するのは、現場の覚悟と決意

篠田博之  月刊『創』編集長

 「吉田調書」報道について言えば、あのスクープ記事を「取り消す」という判断については、朝日新聞社の内外から批判が噴出している。

 会社としては「報道と人権委員会」の決定をまって、ということなのだろうが、会社側が先に結論を出してしまったものを委員会でひっくり返すのは簡単ではないだろう。決定が出てからでは遅いので、その前に社内の現場で自由闊達な議論がなされることが必要だ。第三者の見解を参考にするのはよいが、取材や記事のあり方については、本当は記者の間で徹底的に議論することのほうが大事なことだと思う。

報道・編成局のデスク会。吉田調書の記事取り消しについての会見が行われた日は、通常より多くの社員が加わり、意見が交わされた=9月11日午後10時28分、東京本社拡大朝日新聞の報道・編成局のデスク会。吉田調書の記事取り消しについての社長会見が行われた9月11日は、通常より多くの社員が加わり、意見が交わされた=朝日新聞東京本社
 9・11の謝罪会見で救いだったのは、木村伊量社長自身が「社内言論の自由」の大切さを強調したことだった。

 この何年か、朝日新聞社では不祥事のたびにコンプライアンスが強調され、管理強化で現場が息苦しくなったと言われてきたから、会見でのあの発言には「おいおい」と突っ込みたくなる人もいたろうが、公の場で社長が自ら「社内言論の自由」を強調したという事実は大きい。

 池上彰さんの手法にならって、これをそれこそ「逆手にとって」現場記者は社内言論の自由を確保してほしい。

 一連の騒動が現場の委縮を引き起こしているとか、ジャーナリズム界に重苦しい雰囲気をもたらしたと言われている現状を打破するには、朝日新聞社の現場の奮起や覚悟が不可欠だと思う。

 池上コラム掲載拒否に対して、記者たちがツイッターで上層部の方針を批判したという事実は、今回の一連の騒動の中での希望と言える。

 『サンデー毎日』10月26日号が「『サンデーだから話す』朝日・現役記者真相座談会」という記事を載せているのを広告で見て、おお! ついに朝日の記者が決起したのかと期待してページを繰ったら、あれれ。『サンデー毎日』記者が取材で得た話を編集部が座談会形式に「再構成した」って? おいおい、それって羊頭狗肉と言われかねないよ。

 でも思うのだが、朝日の現場記者が意を決して発言するのだったら、『サンデー毎日』でなくて『週刊朝日』か『アエラ』でやるべきだ。

 会社に厳しい意見であろうと、それくらい誌面化していく覚悟がなくては、今の危機的状況を突破することなどできないだろう。今回の騒動について、その両誌が一部のコラムを除いて沈黙を守っているのは、どう考えたってヘンだ。

 『週刊文春』や月刊『文藝春秋』が、朝日問題についての識者の見解と称して、自分の雑誌に都合のよい顔ぶればかりを集めた特集を組んでいるが(正確に言えば、バランスをとるためにその中に少しだけ半藤一利さんの「朝日バッシングに感じる『戦争前夜』」などという意見も混じっていたりするが)、『週刊朝日』や『アエラ』こそ、ああいう特集をやったらいい。中江利忠元社長が『週刊新潮』9月25日号に登場して後輩への苦言を述べていたが、これなんか『週刊朝日』が載せるべきじゃないのか。

 と書いているところへ中江元社長ら朝日OBたちが構成する旧友会が10月20日に「木村社長退陣」勧告を発表。ますますこれは『週刊朝日』か『アエラ』で議論したらよいと思う。

 「リベラル派の雄」と言われてきた朝日新聞の陥落がもたらした言論報道界の目を覆わんばかりの惨状を打開するのは、恐らく朝日新聞社の現場の決意と覚悟以外にないと思う。手遅れにならないうちに何とかしないと、ジャーナリズム界が危機的な事態に陥ってしまうのは明らかだ。

 10月15日夜、文京区民センターでの「朝日新聞バッシングとジャーナリズムの危機」というシンポジウムを開催した。

 『創』編集部とアジアプレスインターナショナルなど幾つかのグループが共催して2週間前くらいに企画し、緊急で立ち上げたシンポジウムだったが、当日、会場には500人近い人が訪れ、入場できない人も出たほど盛況だった。

 ジャーナリストの青木理さんや精神科医の香山リカさん、アジアプレス代表の野中章弘さん、法政大教授の山口二郎さんら、言論・報道の問題についてこれまでも発言してきた多くの人がパネラーとして登壇した。

 しかしシンポが一番盛り上がったのは、途中でサプライズゲストとして現役の朝日新聞記者が登壇した時だった。

 慰安婦報道検証チームのメンバーだった大阪社会部の武田肇記者で、「9月11日の会見の時、朝日新聞に自浄作用はあるのかと何度も訊いている他社の記者がいたが、自分たちが社内でどんな議論をしているか外部にも知らせる必要があると思い、部長の了解を得て駆け付けた」と発言。同じくパネラーとして登壇していた元NHKの永田浩三さんなど、「NHKではこういうことはありえない」と驚いていたし、会場からも大きな拍手が湧いた。

 さらに続いて、武田記者だけを矢面に立たせるわけにはいかない、と、会場にいた朝日新聞の現役記者が次々と発言に立った。目の前でのリアルな光景だったから、会場は相次ぐ拍手と興奮に包まれた。

 こういう光景が現実になるのは、裏を返せば、朝日新聞社がいかに危機に直面し、現場記者が深刻な状況に立たされているかということだろう。

 かつてTBSやNHKが不祥事に見舞われて存亡の危機と言われた時、外部のジャーナリストをまじえて社内で集会を行うなどしたことがあったのだが、いま一連の騒動がもたらした危機的な状況を打開するのは、現場の記者が覚悟や決意を示していくしか道がないのではないかと思う。

追伸――シンポジウムにサプライズ登壇した朝日新聞の現役記者たちについては、正直言って、会社で問題にならないか心配していた。しかし、その後、会社の上司にも事後的に了解を得られたという連絡があった。朝日新聞社も心配して、わざわざ発言内容を文字起こししたらしい(でも、それは『創』次号に同じものを掲載予定なので勝手に公開しないでね)。少しほっとした。

 今、朝日の社内言論の自由が少し拡大しているのは、たぶん危機的な状況に直面したからなのだろうが、ぜひそれをテコにして言論機関ならではの再生をしていってほしい。

 この間、朝日新聞社は委員会が乱立し、外部の権威に頼って何かやろうとしているのではないかという危惧を抱かせるのだが、たぶん再生への道はそんなことではなく、現場の声や力をどうやって会社全体の運営に反映させられるかだろう。朝日新聞がぜひ立ち直ってくれることを祈りたい。

追伸の追伸――この原稿は私が『創』の校了を抱えて忙しかったため、書き始めから脱稿まで2週間かかっている。その間、状況は刻一刻と変化しているのだが、実は、最初に「逆手にとる」という話を書いた時から、書こうか書くまいか迷っていた話がある。それを最後に書くことにする。

 元『週刊朝日』編集長の川村二郎さんのことだ。川村さんは2013年、『創』に「朝日新聞を叱る」という連載を執筆されたのだが、途中から朝日新聞から猛烈な抗議が寄せられた。批判でなく誹謗中傷だというのだ。幾つかのやりとりがあった末に、朝日新聞社は、川村さんの「社友」の資格を剥奪してしまった。

 川村さんの連載に対する評価はそれぞれあるだろう。記者の個人名を挙げて批判し、しかも私の知り合いの記者も多かったので、正直言って編集者として困惑することもあった。しかし、その社友剥奪という措置に感じたのは、今回の騒動での池上彰さんのコラム掲載拒否と本質的に同じではないかという感想だった。

 その後、今回の騒動で、川村さんは『週刊新潮』や『正論』などにしばしば登場することになり、私は胸を痛めた。川村さんは「生まれ変わっても朝日の記者になる」と公言している人で、朝日叩きの媒体に登場していても他の朝日叩きの論者と一線を画している(と私は思う)。こういう人を朝日叩きの陣営に追いやってはいけないと思う。

 だから、今後、朝日新聞社長に誰がなるか知らないが、その人にお願いしたい。ぜひ川村さんの社友資格剥奪を改めてほしい。これは川村さんに頼まれて書いているわけではない。最近は「東京新聞の書き手」と言われる私だが、朝日新聞はそれ以上に長年愛読している。そういう立場からのお願いだ。

 昔の朝日新聞はもっと鷹揚だった。

 私は『朝日ジャーナル』が休刊する最終号に田原総一朗さんらと一緒に総括座談会に登場しており、その号は今も大事に持っている。筑紫哲也さんが編集長をしていた頃の『朝日ジャーナル』は、新右翼の論客として、今ほど丸くなっていなかった鈴木邦男さんも頻繁に誌面に登場させたし、自由闊達な雰囲気があった。

 その余裕がこの何年か、朝日新聞社からはすっかり失われてしまった。朝日のベテラン記者が「いつから朝日はこうなってしまったのか」と口にするのを何度も聞いている。

 経営状況が昔と違うから、いつまでも余裕を持っていられないことはわかる。しかし、経営がどうなろうと、言論機関として大事なものを失ってはいけないと思う。今回の騒動での朝日新聞の「自爆」ぶりを見ていると、言論機関としての朝日新聞のこの10年ほどのありようが噴出したように思えてならない。

 2012年の『週刊朝日』の佐野眞一さん連載中止事件の対応にしてもそうだ。反省するとしてあんなにも「コンプライアンス重視」を執拗に叫んでは、もう『週刊朝日』は当たり障りないことしかやりませんと宣言しているようで、現場の記者を委縮させるだけだろう。

 いつだったか朝日新聞社内で、「プロメテウスの罠」が新聞協会賞を受賞したというお祝いの集会が開かれ、私は会場で木村伊量社長に声をかけられて話をしたことがあった。たぶん特報部元部長の依光隆明さんの意向で呼ばれたと思われる参席者にはNHKの七沢潔さんとかも来ていた。七沢さんは、反原発の立場だったがゆえに関連会社に飛ばされていたのを、3・11原発事故で現場に呼び戻され、「ネットワークで作る放射能汚染地図」という素晴らしい番組を作った人だ。

 私はその集会で、七沢さんの後に発言する機会を与えられ、こう言った。

 「会場にはNHKの七沢さんも来ているが、組織の中でこういう人こそがいい仕事をする。朝日の特報部も野武士集団であるゆえにいい仕事をしていると思うが、その集会に社長が来て激励するのを見て、朝日新聞はまだ大丈夫だと思った。私は東京新聞で長期の連載をしていて、最近は周囲で朝日新聞をやめて東京新聞に変える人が本当に多いのだが、そういう人には朝日だってまだ捨てたものじゃないぞと言いたい」

 その気持ちは今も同じだ。今回のことで委縮することなく、朝日新聞には何とか再生してほしい。

 例えば最近、『週刊金曜日』が『「従軍慰安婦」問題』という別冊を出したが、こんなのは朝日新聞社が出すべきだろう。慰安婦問題がなかったかのような言説が横行している今、慰安婦問題とはそもそもどういうものなのか、今までの論点を整理しただけでもいい。それを『週刊朝日』か『アエラ』が別冊で出すべきだろう。いつまでも委縮しているようでは、それこそ言論人としての責任が問われることになると思う。