メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

フランソワ・トリュフォー特集が到来!(11)――『柔らかい肌』における<時間の伸縮>というヒッチコック的手法、その他

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 『柔らかい肌』のエレベーターの場面における<時間の引きのばし>について、トリュフォーはおよそこう言う――エレベーターがホテルの3階から8階まで上がる数秒間が、1分もかけた<映画ならではの“嘘の時間”>に引きのばされている、と。

 私見によれば、これまたきわめてヒッチコック的な時間処理だ。ヒッチコックは『知りすぎていた男』で、短刀で背中を刺されたダニエル・ジェランがジェイムズ・スチュアートの腕の中で息を引き取る瞬間を、スローモーションで引きのばして撮っている。また『サイコ』でも、異常者のアンソニー・パーキンスがシャワー室でジャネット・リーにナイフを何度も振り下ろすところを、やや減速した動きで撮っている。

 もちろん、こうした<時間の引きのばし・膨張>とは正反対の、『柔らかい肌』の細かいカット割りやオーバーラップによる時間省略・時間短縮にも、ヒッチコックの影響が顕著であることは前述のとおりだ。

 したがってトリュフォーは、ヒッチコックに長時間のインタビューをおこない、またヒッチコックの映画を浴びるように見ることで、<時間の伸縮>という映画術を――<視線>の描き方とともに――学んだのである(なお『柔らかい肌』には、ドサイを見つめるドルレアックの顔がストップモーションになる瞬間もある)。

 インスドーフも前掲書で指摘するように、『柔らかい肌』におけるヒッチコックの影響は、<小道具>の巧みな使い方にも顕著だ。

 周知のようにヒッチコックは、小道具=モノを生き物のように活写した(『サイコ』の現金の入った封筒、『めまい』の肖像画、『知りすぎていた男』のシンバル、『ダイヤルMを廻せ!』の電話、『裏窓』の望遠レンズ、『断崖』のミルクの入ったコップ、『ロープ』のチキン料理、『疑惑の影』の新聞、『海外特派員』の傘の群れ、『サボタージュ』の時限爆弾の包み、フィルム罐などなど……)。

 インスドーフは『柔らかい肌』に登場する小道具を列挙している――「ランプのスイッチ、車のダッシュボード、飛行機の操縦装置、エレベーターの操作パネル、給油ポンプ、カメラのシャッター、電話のダイヤル、ドア、それに各種の電気製品、など(……)」。

 そしてインスドーフは、『柔らかい肌』でとくに注目すべき小道具として、車と電話に注目する――「[本作の車に関わるシーンは]空港までのハラハラする道中、フロントシートでのニコルへのキス、パリまで乗せていってくれという旧友を断りきれない[ラシュネーの]臆病さ、ニコルとの突然の夜の出発。車は、彼[ラシュネー]が行動するための媒体なのだ。一方(……)彼女[ニコル]はホテルでピエール[ラシュネー]に電話を掛ける。自分の電話番号を書きつけたマッチ箱を滑りこませ[ここは明らかにヒッチコック『北北西に進路をとれ』のマッチへの目くばせではないか――藤崎・注]、つぎのデートを実現させる」。

 ちなみにインスドーフはこう記したあと、エロティックな比喩をまじえてニコルの現実離れした性格と肉体(性感)について――とても学者とは思えないほどユーモラスに――論じている(78頁)。

 さらにインスドーフの、『柔らかい肌』終盤の電話シーンをめぐるサスペンス分析もみごとだ。

・・・ログインして読む
(残り:約2072文字/本文:約3466文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

藤崎康の記事

もっと見る