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わかりやすさに見る「テレビの明日」

偽善と悪意、覇気があるうちはすたれない

青木るえか エッセイスト

 週刊誌に関しては「もしかして終わるのかもしれない」と思うことはある。

 有名週刊誌の、最近の誌面には驚く。いっとき、一世を風靡してたような週刊誌が、しおれたような内容になっている。

 この「終わるのかも……」と思うのには、明確な何かがあるわけではなく、むしろ「ない」ことが予兆というか。とにかく誌面の密度が低くなる。

 記事の内容というより、文字のフォント、字間行間のバランス、使用される罫線の太さ(細さ)、イラストや写真の入り方がはんぱで、一見して覇気がないのです。猫がトシとってくると毛並みにツヤがなくなり、じっとしてただ息だけしてるような生活になるが、週刊誌の誌面もそんな感じになる。

 誌面デザインと内容、厳密には関係ないはずなのに、読んでみるとバッチリ関係しているもんです。

 たとえば、『サンデー毎日』で、「この週刊誌の中で唯一面白い……」と思ったのが『日本崖っぷち大賞』(みうらじゅん、安齋肇、山田五郎、泉麻人が「崖っぷちの存在」についてしゃべくる連載)であったが、このページ、明らかに他のページと見た目が違っていた。

 サン毎には、保阪正康による昭和史連載もあり、やはり誌面の見た目は覇気がなく、念のために読んでみると、保阪正康の割に面白くなかった。やはり、誌面の見た目というのは内容と密接に関連する。

 あと、よく言われるのは広告ですね。

 「クルマの広告が減ってきた」とか、よく言われることであるが、クルマの広告が減るよりも、「よく知らないメーカーによる、自然系の薬品や食品」の広告が載るようになると「誌面全体に覇気のない風が吹きはじめる予兆」だ。覇気のないデザインの、ビンに入ったサプリとかの広告。こいつは不吉です。

 盤石だと思っていた週刊誌にも、そういう風がそよそよと吹きはじめ、「これはだめかもわからんね」とつぶやいてしまう。なんでこんなんなっちゃうんですかねえ。

 このような週刊誌界に吹く風に震えていると、テレビ界というのは強いと思う。

 なんか、テレビはもうダメ、若者のテレビ離れ、今やもうネット、とか言ってるじゃないですか。

 そんなことはない。

 地上波のテレビ局は、相当ローカルな局であっても不吉なそよ風は吹いていない。

 ケーブルテレビの地域番組には盛大に吹いていることはありますが、あれは単に埋草番組だからいくら暴風雨になってもかまわない。

 それにケーブルテレビの独自番組では、「カネとセンスがないとここまでやれるのか!」というぐらいひどい番組(ドキュメンタリードラマ的なもの)があったりして、そこまでひどいと「いいもん見た」と満足できます。

 これは3年ぐらい前だけど、岡山のケーブル局制作のドラマみたいなのがあって、ミュージカル女優に憧れる女の子が幾多の挫折を乗り越えながら夢をつかむ、みたいなのをやっていたのだが、その夢をつかんだ本人、およびなぜか途中で別人がその人を演じ、なおかつ本人も別人も、見た目も演技力も、そのへん歩いてる人の中にまぜても下位に位置するような感じの方で、話はヤマもなくだらだら続くし、あまりのことに見入ってしまった。

テレビ東京のバラエティー「ゴッドタン」山里軍団拡大バラエティはとくにテロップを多用する=テレビ東京のバラエティー「ゴッドタン」
 こういうものは、ケーブル局の埋草番組ででもないと見られるものではない。

 それはそれとして。地上波のテレビは強い。

 相当に強い。でも地上波の番組が素晴らしいというわけではない。

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筆者

青木るえか

青木るえか(あおき・るえか) エッセイスト

1962年、東京生まれ東京育ち。エッセイスト。女子美術大学卒業。25歳から2年に1回引っ越しをする人生となる。現在は福岡在住。広島で出会ったホルモン天ぷらに耽溺中。とくに血肝のファン。著書に『定年がやってくる――妻の本音と夫の心得』(ちくま新書)、『主婦でスミマセン』(角川文庫)、『猫の品格』(文春新書)、『OSKを見にいけ!』(青弓社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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