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菅直人の総選挙、ほんとうの密着取材(上)

受け取られないビラ、無視される政治

中川右介 編集者、作家

 「よく、もったなあ」

 クルマに乗り、シートを倒し横になると、元総理大臣・菅直人は言った。「もった」とは自分の体力が、ということだ。

 12月13日土曜日、選挙戦最終日、公表されていた日程での街頭演説は吉祥寺駅北口で夜8時に終わった。拡声器を使えるのはこの時刻までだ。

 しかし、選挙運動そのものは深夜12時まで可能だ。菅直人は演説を終えると、演説を聞いていた支持者の輪の中に入り、握手をしてまわる。

JR三鷹駅北口で政策を訴えるビラを配る菅直人元首相=21日、東京都武蔵野市拡大JR三鷹駅北口で政策を訴えるビラを配る菅直人元首相=2014年11月21日
 普通はこれで終わる。事務所に戻り、運動員をねぎらい、自宅に帰るのが、普通だ。だが、菅直人の選挙区は全国でも注目の激戦区だった。そしてどの調査でも、自民党の候補に対して劣勢が伝えられていた。

 吉祥寺駅北口での演説まではマスコミが追いかけていた。このときだけではない。私がビラ配りの手伝いをしているときはいつもマスコミがいた。多分、開票速報番組の中で「元総理はなぜ落選したか」とでも題するコーナーを作るのだろう。

 そのマスコミも警備のSPも、吉祥寺での演説が終わり、菅直人がクルマに乗ると帰ってしまった。

 だが菅直人の選挙運動は終わらなかった。武蔵小金井駅に向かったのだ。私は菅直人のクルマには同乗せず、JRで向かった。

 そして、8時半を過ぎた頃から、菅直人の本当の「最後のお訴え」が始まった。拡声器は使えないので、肉声だ。地元の市議会議員などとともに武蔵小金井駅南口に立ち、手を振り、握手を求め、ビラを配る。私もそのビラ配りを手伝った。

 元総理大臣なので、顔は知られている。有名人である。若者や女性たちが寄ってきて、一緒に写真を撮らせてくれとなる。菅直人は笑顔で応じる。誰もがケータイやスマホを持っているので、写真は簡単だ。

 20メートルくらい先に、こっちを見ている人がいると、菅直人は駆け寄る。スタッフがビラを持って追い駆ける。ひとりだけ付いていたSPも追い駆ける。しかし、追い付かない。68歳のわりには元気だ。機敏に動く。自分への視線を感じると、その方へダッシュするのを何度も繰り返す。

 そして10時を過ぎた。改札を出てくる人の数も9時頃に比べると少なくなる。はじめから10時までと決めていたので、終えることになった。ビラは、ほぼなくなった。まききったのである。

 マスコミも知らない、菅直人の本当の「最後のお訴え」はこうして終わった。

 最後までつきあった運動員と握手をして、菅直人はクルマに乗り込んだ。「おう、どうする」と声をかけられたので、私も同乗した。運転手の隣の助手席にはSPが座る。うしろの座席に、菅直人とその長男で秘書をしている菅源太郎、そして私が乗った。

 「私邸までお願いします」と源太郎が言う。総理大臣在任中は「公邸」で暮らし、なおかつ私邸は私邸であったが、いまは私邸しかないはずなのに、面白いなと思ったが、ようするに、選挙事務所には向かわずに自宅へ帰る、ということだ。

 夕食がまだだった。自宅で妻の菅伸子が用意しているという。彼女はこの日は菅直人とは別行動で遊説してまわり、吉祥寺駅北口で最後に一緒になった。それを終えると三鷹駅近くの自宅へ戻っていたのだ。

 そのクルマでの第一声が「よく、もったなあ」だった。

 自宅へ戻ると、夕食の用意ができていた。菅直人、伸子、源太郎、そして私の4人で、食事をした。 ・・・ログインして読む
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筆者

中川右介

中川右介(なかがわ・ゆうすけ) 編集者、作家

1960年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2014年まで出版社「アルファベータ」代表取締役として、専門誌「クラシックジャーナル」、音楽書、人文書を編集・発行。そのかたわら、クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲などについて、膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、歴史に新しい光を当てる独自のスタイルで執筆。著書は『カラヤンとフルトヴェングラー』『十一代目團十郎と六代目歌右衛門――悲劇の「神」と孤高の「女帝」』『月9――101のラブストーリー』(いずれも幻冬舎新書)、『山口百恵――赤と青とイミテイション・ゴールドと』『松田聖子と中森明菜――一九八〇年代の革命』(ともに朝日文庫)、『戦争交響楽――音楽家たちの第二次世界大戦』『SMAPと平成』(ともに朝日新書)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『角川映画 1976-1986(増補版) 』(角川文庫)、『怖いクラシック』(NHK出版新書)など50点を超える。

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