川本三郎 著
2015年01月08日
川本三郎は敗者あるいは弱者に惹かれる人である。綺麗事ばかりをくっちゃべる正義の人には間違っても与しない。
彼がこの本で描く成瀬巳喜男(1905〜69)は世界に名だたる名匠とされている。生前の評価は高くなかった。小道具係として松竹に入社。10年間は下積みだった。監督に昇進しても、城戸四郎所長に「小津(安二郎)は二人いらない」といわれる(伝説めいているが、小津の弟子・井上和男監督から「城戸が自慢げに吹聴してた」と聞いた)。新興のPCLに移ってようやく芽が出た。
川本は、成瀬の「弱者」への偏愛をこまかく綴っていく。具体的には『流れる』の消えゆく芸者、『おかあさん』の貧しくもけなげな個人商店主、『妻』や『山の音』の戦争未亡人、『秋立ちぬ』の親が不在の子どもたちなど。
牽強付会を承知でいえば、成瀬と川本は不遇の過去という共通項をもっているのだ(『マイ・バック・ページ――ある60年代の物語』平凡社を参照)。
彼らは「はした金」もおろそかにしない、つましい庶民が好きだ。川本は、たとえば成瀬の戦前の作品のなかでは、靴の穴を隠すため古新聞を当てる小市民映画『腰弁頑張れ』、靴下の穴を隠すために墨を塗る『君と別れて』に言及する。どちらも地味な無声映画である。
砂金掘りという夢を追う駄目男を描いた名作『妻よ薔薇のやうに』には、川本の筆は湧き立たない。
そもそも映画評論もしくは映画エッセイの魅力とは何とお考えだろうか。
私は作品の裏の意味を読み解き、物語世界を詳細に解説してくれることだと思う。最近は「ネタバレ注意」などいらぬ警告をする評論家もいるようだが、そもそもネタをばらさなければ映画評論とはいえない。
その点、川本三郎は違う。最初から結末まで、きっちりとストーリーを書いてくれる。
プログラムの埋め草である併映作品(プログラムピクチャー)も撮った成瀬の作品数は89作品(戦前47本、戦後42本)と、黒澤・小津・木下などの巨匠に較べ倍近いのだが、そのほとんどすべてを観た上で、特徴的な作品についてのみ簡にして要を得た解説を施すのである。その文章は考え抜かれており、1行ともおろそかにはできない。
そう、この本は成瀬の評伝ではない。彼の作品群を腑分けしつつ、共通して流れる通奏低音は何かをさぐる本である。将来的に執筆されるであろう『成瀬巳喜男伝』の序説のような位置づけになる。著者が現時点で見つけた成瀬作品の通奏低音というか勘所は、「東京の路地裏」「自立する/働く女性」の2点であるようだ。
庶民を好んで描く成瀬のロケハンは表通りではなく裏通り、路地裏だった。
そこから「成瀬のロケ嫌い」という誤った伝説が生まれたのだろう。川本はロケ場所が東京のどこであるのか(ときには地方の鄙びた温泉宿ということもあるが)、昔気質の探偵のように足で尋ね歩いている。その情景描写がまた絶品なのである。
また成瀬映画には『浮雲』に代表されるように、駄目男が頻出する。
あまりの駄目っぷりに気を取られてわれわれはつい見落としてしまうのだが、じつは男なぞ成瀬の眼中にないことを川本は見抜く。成瀬に一貫していたのは男に頼らず生き抜く、働く女性へエールを送り続ける姿勢だったのである。成瀬映画についてのコペルニクス的転回である。
ちょっと昔の話になるが、成瀬生誕100年の頃、NHK・BSで成瀬作品が連続放送された。
「びっくりした」という感想をよく聞いた。題材から戦後の小津のような長回し的情緒を期待すると、(川本も指摘している通り)意外にもカット割りは多めでハリウッド調。作り物めいている割に結末はすっきりせず、ほろ苦い。つまり玉石混淆。必ずしも名作揃いというわけではない。
川本三郎は公平を期した人であり、つまらない作品は「つまらない」とはっきり書く。本書で言及されるのはハズレのない戦後作品が中心だが、それでも「いい出来とはいえない」と断定している作品もあるのであった。逃げがない。評論家が退路を断った決意が見える。こちらも居住まいを正して読みたくなってしまうのである。
さて、後出しジャンケンのようだが、この本には個人的な思い入れがある。本書の成瀬映画のいくつかを、川本と一緒に観たことがあるのだ。
今はない三軒茶屋のアムス西武や神保町シアターといった小劇場であって、『秋立ちぬ』など劇場公開の機会もあまりない何本かは、図々しくもビデオをお借りしてもいる。
さらに、もうひとつの思い入れ。2004年に「成瀬巳喜男全集」の企画を立てたこと。翌年は成瀬生誕100年であった。03年に小津生誕100年をあてこんで企画した『小津安二郎全集』(新書館/井上蛮さん、野田未亡人、小津ハマさん、山内静夫さんの内諾を取り付けてから松竹に持ち込んだ)が予想以上の売れ行きを示したこともあり、当時の自分は強気であった。
しかし編集会議の結果は「保留」。地味すぎるというのである。「成瀬は小津と違って売れない」……。
最後にうんと正直なことをいう。成瀬作品の良さは見えにくい。本書冒頭にも「成瀬は好きか」と著者に訊かれた淀川長治が「いやよ、あんな貧乏臭い監督」と即答した、とある。成瀬が貧乏臭いことは事実であって「貧乏臭いから嫌い」という観客は確実に存在する。というかそれが世の中の多数派であろう。
しかしこの本は「貧乏臭いからこそ好き」「貧乏クジを引いた人が愛おしい」という成瀬と著者と読者、少数派のための本なのである。ぜひ本書を開いて、小市民的コラボレーションをお愉しみいただきたいと願う。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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