ディミアン・トンプソン 著 中里京子 訳
2015年01月15日
著者がこの本で「依存者」と呼ぶのは、「自分に害を加えるような短期的報酬を一貫して追いもとめる人」。
依存の度が高じて、健康に重大な支障が生じたり、生活に破綻を来していれば「依存症」と呼ばれ、今では「病気」として扱われる。依存は大きくは物質への依存(典型例はアルコール依存症、薬物依存症など)と、過程への依存(典型例はギャンブル依存症など)に分けられる。
『依存症ビジネス――「廃人」製造社会の真実』(ディミアン・トンプソン 著 中里京子 訳 ダイヤモンド社)
この世にお酒とギャンブルとヤクが登場して以来、どれだけの人が、身を持ち崩し、人生を破綻させてきただろうか。
だが現代、私たちは、自分の気分をよくしてあげたいと思えば、歴史上かつてないほど即座に、そして多様な手段で(お酒にスイーツに買い物にゲームに……)、たやすく、そうできると著者は指摘する。
それを可能にしたのはインターネットに代表されるテクノロジーだ。
企業は、自らの商品をより早く、大量に消費させるために、テクノロジーを駆使して、消費者にいかにして強い快感をもたらすことができるかを競い合っている。いったん快楽を得た人間が、それで満たされることなく、欲望をますます肥大させる、企業はその仕組みを知り尽している。
人をリピーターにさせるために、商品の開発者は、もはやいちいちマーケティングをしたり、モニターテストをする必要もない。ビッグ・データの時代を迎え、「ただアルゴリズムに数値を計算させるだけでよい」。つまり、人を依存症にさせる方法はもうわかっているのだ。
かくして私たち消費者は、いともやすやすと依存症になる、もしくは病的には至らないまでも、依存的習慣を植えつけられる。そのような「依存症ビジネス」の具体例として、著者が、古典的なアルコールや薬物以外に挙げているのは以下のようなものだ。
スターバックスのブルーベリーマフィン、ADHD(注意欠陥多動性障害)の処方薬「アデロール」、オンラインゲーム「アングリーバード」「ワールド オブ ウォークラフト」、無料オンラインポルノetc.
しょせんアメリカの話、日本人にとっては現実味がない……という人もいるかもしれない。が、日本を代表する小売業セブン‐イレブンは、大成功を収めた100円コーヒーのマシンの横で、今度はドーナツの販売を始めている。スタバには行かないオジサンだって、これには引っかかる。
さすがに処方薬の販売はできないものの、同じく日本を代表する企業・楽天の社長の強いプッシュもあり、薬のインターネット販売も解禁になった。覚せい剤の代わりにもなるという咳止め液は、販売数が制限されているとは言うけれど……。
そして年末年始のテレビで圧倒的に目についたのは、名だたるI T企業のゲームアプリのCM。それによれば、お正月に、親子がそれぞれスマホやタブレットに向かってゲームにふけるのが、家族の幸せな団らん風景らしい。
出てくる固有名詞が違うだけで、アメリカでも日本でも起きていることはまったく同じ。そして、本書のタイトル『依存症ビジネス』とは、人を依存症にさせるビジネスが増えているということではなく、今の世の中、人を依存症にさせるビジネスでなければ成長しない、成功しない、ということなのだろう、つまるところ。
では、消費者の側にこれに抗する術があるのかと言えば、はっきり言って、ない。
依存症は、コントロールの効かない病気ではなく、あくまで人が自発的に陥る現象であり、そうである以上、自発的に回復する余地がある、というのが著者の持論。
それは治療のあてもないまま、病気だというレッテルだけを貼って放置するより、ずっとまともな考え方だと思う。だが、病気であろうがなかろうが、完全に供給主導型の現象である「依存症」から、消費者が逃れるのはきわめて難しい。それは著者も認めている。
企業は栄え、人はますます欲望にかきたてられ、時間を費消し、満たされない。本当に救いがないなと悲観しつつ、ま、この原稿も書き終えたし、一杯飲んで後は明日明日……と思っている私は、確実にアルコールに依存している。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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