切通理作 著
2015年01月29日
1954年に公開された世界初の怪獣映画『ゴジラ』は、その後現在まで続く怪獣ブームの原点となっただけではなく、ハリウッドでたびたびリメイクされるなど世界的にも高く評価されている。また、3・11の福島第一原発事故後には、核との絡みでゴジラが様々に話題にされてきた。
本多猪四郎は、『ゴジラ』の監督でありながら、ともすれば特技監督・円谷英二の特撮技術の陰に隠れがちだった。
しかし、『タクシードライバー』や『ヒューゴの不思議な発明』などで知られるマーティン・スコセッシ監督など、海外の映画関係者には熱狂的な支持者がたくさんいる。スティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスなど、ベビーブーマー以降のアメリカ映画人には、熱烈なゴジラ・ファンが多いともいう。
著者は、今や伝説となった怪獣映画やSF映画の巨匠、本多猪四郎の生涯とゴジラ以降の作品を綿密に分析しながら、その足跡を詳細に検証する。まさに渾身の、映画監督・本多猪四郎論である。
既に円谷英二の特撮は話題になっていたが、監督の本多猪四郎の名前も記憶に残っている。
『七人の侍』や『二十四の瞳』が封切られたのと同じ年で、黒澤明や木下惠介といった映画監督の名前が、作品とセットで語られ始めていたからだろう。
猪四郎という名が、いかにも怪獣映画の監督らしく印象付けられたのか、子どもたちは「イノシシロウ」と読んでいた。後に仕事で円谷プロの人たちと付き合うようになってからは、みんなが「イノさん」と呼んでいたので、本当は「イノシロウ」だろうと思っていたのだが、正しくは「イシロウ」と読むことを、恥ずかしながらこの本で初めて知った。
本多は、1911(明治44)年に、山形県鶴岡から16キロ離れた、豪雪地帯の農村で生まれた。兄三人と姉一人の末っ子で、干支がイノシシ年の四男だから猪四郎と名付けられたのだ。
父は密教寺院注連寺の僧侶だったとされる。祖父も曾祖父も真言密教系の寺に仕え、かつては神主も兼ね、本堂の天井には曾祖父が描いた青龍、朱雀、白虎、玄武があるという。
猪四郎が生まれる8年前まで即身仏になる上人が存在し、出羽三山に詣でる白装束の修験者の姿を大人になってからも思い出すと本人が語っている。神獣と即身仏といった伝奇的環境での少年時代が、後の作品に影響を与えているのだろう。
東宝では山本嘉次郎監督の下、黒沢明、谷口千吉とともに三羽烏と呼ばれ期待されていたが、戦地に行っている間に、他の2人は監督デビューを果たしていた。
敗戦を中国で迎えた本多が、蘇州で半年間の捕虜生活の後、復員してきたときには既に35歳であった。
本多が体験した、たびたびの前線での戦闘行為や、それ以上に戦死者を生んだ戦場での傷病死の現実。帰宅途中の列車が広島を通ったときに目にした光景が、本多の脳裏に鮮烈にこびりつく。
そこで目にしたそれぞれが、ゴジラをはじめ本多作品のディテールのリアルさに反映されていると、著者は具体的な場面を引き合いに検証する。
撮影現場で、リアルさを求めてシナリオに手を加えることもしばしばで、役者選びにも人一倍こだわったという。
東北の厳しい自然の中で育った本多は、自然との共生とともに、怪獣と人間との共存関係をも夢想していたのではないか。それは、『モスラ』のインファント島民にも象徴されているようでもある。
また、故郷の土着的な民俗儀礼や祭りからインスパイアされたものも少なくないと著者は見る。ゴジラ神の発想やモスラの原住民の踊りに、生命の原点やその賛歌が感じられるという。インファント島は、文明社会から見た聖地性を持ちながら、一方で核に汚染された消すことのできない文明の爪痕に刻印されている。
「ゴジラの本質は原爆の恐怖である」と、本多は初代ゴジラの打ち合わせで何度も確認していたという。
「戦争で一番損をするのは大衆だという思いがありましてね。怪獣の出現も戦争の変型であり、たとえ短くても、大衆が逃げる場面は必ず映画の中に入れるようにしました」「人間は科学のどうにもならないところで滅びていくんじゃないかと思う」といった本多の言葉を、著者は見逃さない。そこに、この本の今日性がある。
本多猪四郎は、8年半に及ぶ過酷な戦場体験から、核の落とし子ゴジラに生命を吹き込み、人間と科学、科学と文明の在り方を、空想特撮映画を通して探究したのだ。
『大怪獣バラン』『マタンゴ』『妖星ゴラス』『美女と液体人間』などなど、本多作品の印象的な場面における演出の妙を、丁寧にたどる筆法には説得力があり、紹介された作品を改めて見たくなって早速DVDを探して注文してしまった。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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