メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

[1]市川海老蔵が座頭を勤めた理由

戦後70年、「孫たちの時代」はどう展開していくのか

中川右介 編集者、作家

戦後第一世代から、孫の時代へ

 歌舞伎座が新しくなって3年目の正月を迎えた。当初は物見遊山的に賑わい、満席が続いていたが、「この機会に初めて歌舞伎を観る」ひとたちによる特需も終わり、空席も出るようになっている。それでも、ガラガラというわけではなく、歌舞伎人気は健在と言える。

 歌舞伎界は、戦中から敗戦直後の時期に、6代目菊五郎をはじめとする名優が相次いで亡くなり、一気に世代交代が進んだ。その新しい世代を「戦後第一世代」といい、11代目市川團十郎、松本白鸚(8代目松本幸四郎)、2代目尾上松緑の三兄弟と、17代目中村勘三郎、7代目尾上梅幸、6代目中村歌右衛門の6人が中心となる。

 團十郎が1909年生まれで最年長、歌右衛門が1917年生まれで最年少だった。同世代には他にも名優はたくさんいるが、この6人だけが、当時から「ビッグ6」とか「6人の侍」などと呼ばれ、抜きん出た存在となっていた。

 現在の歌舞伎座で大幹部として中心になっているのが、この戦後第一世代の息子たちだ。

 松本白鸚の子である松本幸四郎と中村吉右衛門、梅幸の子の尾上菊五郎、歌右衛門の養子の中村梅玉と中村魁春などだ。第一世代の子で、新しい歌舞伎座ができる前に亡くなってしまったのが、市川團十郎と中村勘三郎である。2代目松緑の子の辰之助は昭和のうちに若くして亡くなっている。

 そしてその息子、つまり第一世代の孫たちがこれからの歌舞伎の中心となる時代になる。これを「海老蔵世代」と呼ぶことにする。

 2015年正月の歌舞伎興行は、実はその「海老蔵世代」がどうなるかを占う点で、見逃せなかった。

正月興行、5劇場8公演

 毎年のことだが、1月は歌舞伎興行が5つの劇場(歌舞伎座、新橋演舞場、国立劇場、浅草公会堂、大阪松竹座)で8公演(3つの劇場では昼と夜と別の演目を上演している)ある。ほぼすべての歌舞伎役者がどこかの劇場に出ていることになり、それぞれの劇場でのポジションが同時に劇界全体でのポジションを示している。

 以下、それぞれの公演を紹介しつつ、現在の歌舞伎界の地図を示すが、個々の役者の演技とか演目についての評論ではない。順番は私が観に行った順、つまり私なりの注目度の高い順だ。

新橋演舞場――海老蔵の快進撃

市川海老蔵拡大市川海老蔵と松竹の利害は一致している?
 新橋演舞場は市川海老蔵主演、漫画原作者・樹林伸の原作による準新作「石川五右衛門」一作のみの興行だ。

 「準新作」というのは「石川五右衛門」は2009年に新作として上演されたものの改作だからだ。前回の話を刈りこんで前半に置いて、後半はまったくの新作となっていた。海老蔵が座頭で一門の役者に加えて、市川猿之助一門の市川右近、猿弥、笑三郎、さらに片岡孝太郎、中村獅童などが参加した。

 海老蔵は伝統という視点からみれば、歌舞伎界の保守本流なのだが、現在は父・團十郎が亡くなったこともあり、主流から外れている。

 そこにもともと反主流の異端である澤瀉屋一門が加わり、歌舞伎座ではなかなかいい役がつかない獅童も参加し、新橋演舞場は、殿堂である歌舞伎座に対する解放区のような祝祭空間となった。

 第一世代の孫の世代で正月興行の座頭となったのは海老蔵のみである。今年からではなく、すでに2008年の30歳の時から、海老蔵は新橋演舞場の正月興行の座頭を任されている。

 海老蔵のみがこの世代で座頭を勤めているのには、いくつかの理由がある。

・・・ログインして読む
(残り:約1108文字/本文:約2515文字)


筆者

中川右介

中川右介(なかがわ・ゆうすけ) 編集者、作家

1960年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2014年まで出版社「アルファベータ」代表取締役として、専門誌「クラシックジャーナル」、音楽書、人文書を編集・発行。そのかたわら、クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲などについて、膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、歴史に新しい光を当てる独自のスタイルで執筆。著書は『カラヤンとフルトヴェングラー』『十一代目團十郎と六代目歌右衛門――悲劇の「神」と孤高の「女帝」』『月9――101のラブストーリー』(いずれも幻冬舎新書)、『山口百恵――赤と青とイミテイション・ゴールドと』『松田聖子と中森明菜――一九八〇年代の革命』(ともに朝日文庫)、『戦争交響楽――音楽家たちの第二次世界大戦』『SMAPと平成』(ともに朝日新書)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『角川映画 1976-1986(増補版) 』(角川文庫)、『怖いクラシック』(NHK出版新書)など50点を超える。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

中川右介の記事

もっと見る