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[2]開花した尾上松也と、玉三郎、猿之助

中川右介 編集者、作家

浅草歌舞伎――尾上松也の開花と平成世代の登場

 浅草公会堂で年に一回、正月だけの歌舞伎公演は、「新春浅草歌舞伎」と銘打たれ、若手が中心となる。

 2014年までは、年によって異なるが、市川猿之助、片岡愛之助、中村勘九郎、中村七之助、中村獅童、中村亀鶴、市川男女蔵らが出ていたが(海老蔵が座頭だった年もある)、彼らは浅草を「卒業」し、今年から、平成生まれの10代、20代の役者が出ることになった。

 まだ一般的知名度は低い役者もいると思うので、( )に父の名も示すと、中村児太郎(福助)、中村隼人(錦之助)、坂東巳之助(三津五郎)、中村歌昇(又五郎)、中村種之助(又五郎)、中村米吉(歌六)らである。

左から)坂東巳之助、尾上松也、中村歌昇=伊ケ崎忍撮影拡大(左から)坂東巳之助、尾上松也、中村歌昇=撮影・伊ケ崎忍
 彼らを、1985年(昭和60年)生まれの尾上松也が座頭として率いた。異例の抜擢である。

 松也は年齢的には勘九郎や七之助と同世代で、これまでも浅草歌舞伎に出たこともあるが、トップではなかった。松也は6代目尾上松助の長男だが、いわゆる御曹司ではない。というのも、父・松助は菊五郎劇団の脇役だったからだ。力のある役者だったが、2005年に若くして亡くなった。

 菊五郎劇団は結束が固いので、20歳で孤児となった松也をそのまま育てていた。女形として出ることが多かったが、同劇団には若い女形としては、菊之助に加えて、中村梅枝、尾上右近がいて、出番がなくなりつつあった。

 自分でも置かれている状況が分かっていたのだろう。松也は24歳で自主公演を意欲的に打って出るなどして、立役にも挑戦し、自分の存在をアピールしていた。

 海老蔵も松也を抜擢することがあり、2年前の浅草の正月公演では松也主役の演目も並べ、しかも荒事へと誘った。

 松也は少しずつ知名度も上がり、14年夏にはコクーン歌舞伎で勘九郎、七之助と肩を並べるまでにポジションを上げてきた。バラエティ番組にも毎週のように出ているが、これも知名度を上げるためだ。役者としての才能と努力はすさまじいものがある。

 その松也が、いままでの努力が報われ、遅咲きではあったが開花した。そして今年は浅草でさらに若い世代をまとめる立場に抜擢されたのである。

 松也以外の平成世代は、いまのところは横並びだ。これから誰が一頭地を抜くのか、今後の10年で決まるであろう。

 その意味では、この先何十年も歌舞伎を楽しむつもりなら、見逃せない公演だった。

歌舞伎座――玉三郎の祝祭へのこだわりと、猿之助の自己陶酔

 歌舞伎座は松本幸四郎と中村吉右衛門の兄弟が主軸で、これに坂東玉三郎が加わる。他に中村歌六、中村芝雀、中村錦之助、中村又五郎、中村魁春らが出て、海老蔵世代では、市川染五郎、市川男女蔵、中村勘九郎、中村七之助らが出た。顔ぶれはいちばん豪華だ。

 だが、最大の目玉はなんといっても、新開場した歌舞伎座に初めての出演となる市川猿之助だった。 ・・・ログインして読む
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筆者

中川右介

中川右介(なかがわ・ゆうすけ) 編集者、作家

1960年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2014年まで出版社「アルファベータ」代表取締役として、専門誌「クラシックジャーナル」、音楽書、人文書を編集・発行。そのかたわら、クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲などについて、膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、歴史に新しい光を当てる独自のスタイルで執筆。著書は『カラヤンとフルトヴェングラー』『十一代目團十郎と六代目歌右衛門――悲劇の「神」と孤高の「女帝」』『月9――101のラブストーリー』(いずれも幻冬舎新書)、『山口百恵――赤と青とイミテイション・ゴールドと』『松田聖子と中森明菜――一九八〇年代の革命』(ともに朝日文庫)、『戦争交響楽――音楽家たちの第二次世界大戦』『SMAPと平成』(ともに朝日新書)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『角川映画 1976-1986(増補版) 』(角川文庫)、『怖いクラシック』(NHK出版新書)など50点を超える。

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