メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

国立劇場――菊五郎劇団の静かな世代交代

 国立劇場は菊五郎劇団による「南総里見八犬伝」。現在、「一門」ではなく「劇団」を名乗っているのは菊五郎劇団だけで、しかもそう名乗っての公演は正月の国立劇場だけとなっている。

 尾上菊五郎も歌舞伎座に出るときは吉右衛門などの大幹部との共演になるので、やりたいことをやりたいようにやれるのは、この正月の国立劇場のみだ。逆にいえば、菊五郎とその一門の現在の実力が試される公演でもある。

 毎年、徳川時代に上演されたがそのままになっていた作品の復活上演となる。新作に近いものも多く、今年の「南総里見八犬伝」もそれに該当する。

 現在の菊五郎劇団は、菊五郎が座頭で、敵役に市川左團次、立女形が中村時蔵という布陣だ。時蔵は血筋からいうと吉右衛門家の一員なのだが、菊五郎劇団に入っている。左團次は三代目からずっと菊五郎劇団だ。

尾上菊之助(左)と尾上松緑 拡大尾上菊之助(左)と尾上松緑
 このトップ3人に次世代の菊之助、松緑がいて、さらに下の世代が、時蔵の子の梅枝と萬太郎、六代目菊五郎のひ孫にあたる尾上右近となる。

 尾上菊五郎家は市村羽左衛門家・坂東彦三郎家とは複雑な親戚関係にあるので、この両家の役者も劇団で重要な位置にいる。坂東彦三郎とその子の亀三郎と亀寿、河原崎権十郎、市村萬次郎とその子の竹松、そして脇役だが幹部俳優の市川團蔵と市村橘太郎といったメンバーだ。

 尾上松也は菊之助と梅枝の間の年齢で、結果として家柄のいい梅枝に役がつくので、居場所がなかったのである。松也が出たとしてもいい役は付かない。

 戦後は、この菊五郎劇団に市川海老蔵(11代目團十郎)が加わるかたちで、吉右衛門劇団に拮抗していた。いまも、團菊祭があるので、菊五郎劇団と成田屋は親しい関係にある。

 役者たちは前世代からほぼ固定されているので、アンサンブルはいい。破綻がない。そこがいいともいえるし、意外性がないとも言える。

 海老蔵がやがて團十郎を襲名するように、菊之助が菊五郎になることも、決まっている。菊之助は天性の美貌(母・富司純子の血も流れている)もあって女形が多かったが、菊五郎になるからには立役をしなければならないので、最近は、女形は減っている。

 当代の菊五郎も若い頃は女形だったが、すっかり立役になっているので、それがこの家の伝統ということになる。

 歌舞伎は徳川時代に作られ、当時あるいはさらに昔を舞台にしているので、当然、男尊女卑の世界だ。女形が主役となるのは舞踊を除けば、ごく僅かしかない。

 劇界トップの座に就くためには、女形では無理なのだ(その無理を押し通したのが、中村歌右衛門だったが、これについては拙著『十一代目團十郎と六代目歌右衛門――悲劇の「神」と孤高の「女帝」』をお読みいただきたい)。

 菊之助は将来の菊五郎襲名に向けて、着々と布石を打っている。 ・・・ログインして読む
(残り:約2701文字/本文:約3915文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

中川右介

中川右介(なかがわ・ゆうすけ) 編集者、作家

1960年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2014年まで出版社「アルファベータ」代表取締役として、専門誌「クラシックジャーナル」、音楽書、人文書を編集・発行。そのかたわら、クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲などについて、膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、歴史に新しい光を当てる独自のスタイルで執筆。著書は『カラヤンとフルトヴェングラー』『十一代目團十郎と六代目歌右衛門――悲劇の「神」と孤高の「女帝」』『月9――101のラブストーリー』(いずれも幻冬舎新書)、『山口百恵――赤と青とイミテイション・ゴールドと』『松田聖子と中森明菜――一九八〇年代の革命』(ともに朝日文庫)、『戦争交響楽――音楽家たちの第二次世界大戦』『SMAPと平成』(ともに朝日新書)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『角川映画 1976-1986(増補版) 』(角川文庫)、『怖いクラシック』(NHK出版新書)など50点を超える。

中川右介の記事

もっと見る