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高倉健さん供養と渡世の義理(上)

彼の魅力が全開した東映任俠やくざ映画

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 2014年11月10日に逝去した俳優・高倉健をめぐって、新聞雑誌等には実におびただしい言葉が書かれた。またテレビでも、多くの「証言」や「秘話」が映像とともに紹介され、健さんの主演作も続々と放映された。映画館でも健さんの主演作の本格的な特集上映が始まろうとしている。

 そして、高倉健という"最後のスター"についてわんさとひしめくトピックの過半は、たとえそれが役者としての健さんの魅力に触れている記事でさえ、つまるところ彼の<素顔>に迫ろうとするものだ。

1971年 任侠映画俳優 高倉健拡大任侠映画に盛んに出演していたころ=1971年
 それらは、「黙して語らず」といったステレオタイプから、健さんの「意外な一面」や「知られざる交友関係・女性関係」をスクープするものまで様々だが、彼の<素顔=実像=実人生>をのぞき見ようとする点で変わりはない。

 しかしながら、健さんは寡黙で不器用だった、いや実は話がうまくて生き方上手だった、うんぬん……とどれほど言葉が費やされようと、はたまた健さん自身のどんな発言が蔵出しされようと、われわれは健さんの<素顔>なるものに決して到達しえないだろう。

 既成の健さん神話に、新たな神話が――場合によっては「神話破壊という神話」が――塗り重ねられていくだけだ。

 そもそも極論すれば、どんな人物についてであれ、その<素顔>を他人が正確に見抜くことなど不可能である。

 われわれは誰それについて、「まあこんな人柄だろう」と何となく納得することしかできないのだ(だからこそ、「なぜあの人が××したのだろう!?」と驚かされることが時に起こるわけだ)。

 ましてや、カメラに向かって様々な役を演じ、スクリーンの中でその身体表象を観客にさらす映画俳優の場合、彼・彼女の姿は変幻自在なイメージの乱反射として――映画の内外で――、われわれの目の前を通り過ぎてゆくばかりである。

 むろんインタビューに応じる俳優の態度や喋りも、映画の中でとは異なる演技であり、そうした場での俳優は<素顔>を演じているにすぎない。

 となれば、他界した俳優を追悼する場合、やはりその俳優ならではの持ち味やオーラと、それと混然一体となった彼・彼女らの代表作の魅力を語るのが、いわば<渡世の義理>ではないか(ここで言う「渡世」とは「生活していくための稼業」、「義理」とは渡世上で守るべき筋道・筋目)。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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