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[書評]『世界の図書館』

ジェームズ・W・P・キャンベル 著 ウィル・プライス 写真

松本裕喜 編集者

建築としての図書館  

 古代から現代までの図書館を写真と文章で紹介した大型本で、美しい写真が満載。やはりイギリスのこの種の本は質が高い。

『世界の図書館』(ジェームズ・W・P・キャンベル 著 ウィル・プライス 写真 桂英史 日本語版監修 野中邦子・高橋早苗 訳 河出書房新社) 定価:本体8800円+税拡大『世界の図書館』(ジェームズ・W・P・キャンベル 著 ウィル・プライス 写真 桂英史 日本語版監修 野中邦子・高橋早苗 訳 河出書房新社) 定価:本体8800円+税
 著者は建築家・建築史家。図書館の形の変遷をたどったものだが、書庫(図書館)の文化史といってもいい記述になっている。建築としての図書館は僕らが見逃してきたテーマかもしれない。

 まず、古代世界の図書館を概観する。

 古代メソポタミアの、楔形文字で粘土板に金銭の出入りを記録した書字板の保管所が最初期の図書館の形態だったようだ。シリアの古代都市エブラ、イラクのアッシュールバニバルにそうした図書館があった。

 古代ギリシャではペルガモン(トルコ)に図書館があった。

 有名なアレキサンドリア図書館は、実在したことは確かだが、具体的なものは何も発見されていないそうだ。

 ローマ時代となると、ケルスス図書館(トルコ)、トラヤヌス浴場の図書館(ローマ)の遺跡が残っている。これらのローマの図書館はそれまでの王のための図書館とは違い、公衆のための図書館だった。

 中世の図書館は、ソウルの海印寺から紹介が始まる。この寺には1251年に彫られた「高麗八萬大蔵経」の版木8万1258点が保管され、現在でも毎日数ページずつ印刷されているという。

 紙を発明した中国では700年ごろには版木による印刷が始まっていた。

 次いで紹介されるのは、日本の唐招提寺経蔵、三井寺一切経蔵と冷泉家の書院だ。経蔵は巻物などの仏教経典を収蔵する書庫である。これらの建物には湿気から書物を守る工夫がこらされた。

 中世のイスラム世界にも、コルドバ、バグダード、カイロに大きな図書館があったようだが、イスラムに必要なのはコーランだけだと信じるイスラム教徒によって破壊され、蔵書は散逸してしまった。

 西洋の中世の図書館には蔵書が少なかったらしい。羊皮紙(パーチメント)に手書きで筆写して作る写本は時間も費用もかかり、12世紀の中世の修道院には50冊から500冊程度の蔵書しかなかった。本は鍵付きのブックチェスト(蓋付きの箱)にしまわれていた。『薔薇の名前』の修道院図書館の8万5000冊の蔵書はウンベルト・エーコの想像の産物だった。

 16世紀の図書館で最初に紹介されるのは中国・寧波市にある天一閣である。引退した官僚・范欽(はんきん)の個人図書館で、1561年ごろにできた。本は書棚に平積みされている。

 一方、ルネサンスのイタリアでは豪華な図書館が多く作られた。ヴェネツイアのマルチアーナ図書館、フィレンツェのラウレンツィアーナ図書館(ミケランジェロ設計)は教会に併設され、本は書見台(レクターン)で背か小口を鎖でつながれた状態で読まれた。高価な写本は盗まれないようにする必要があったのだ。

 17世紀になると、印刷技術の普及によって、本の価格は下がり、判型は小さくなり、図書館に所蔵される本の量も増えた。

 本はウォール・システム(壁面収納式)で収納された。エル・エスコリアル修道院図書館(スペイン)、ストラホフ修道院の神学ホール(プラハ)などの派手な室内空間には驚く。当時は美術館としての図書館、美神にささげる場所としての図書館の考え方が広まっていたようだ。

 続く18世紀にも、ポルトガル王立のジョアニナ図書館、マフラ図書館、ウィーンの宮廷図書館のような金箔を張りめぐらせたバロック・ロココ様式の華麗な図書館が建てられてゆく。図書館が、豪華絢爛な舞台、劇場空間になったのだ。

 アルテンブルク修道院図書館のように、すべての壁面に書架があるように建築でごまかしたり、だまし絵(トロンプルイユ)で蔵書を描いた修道院図書館もあった。こうした図書館は蔵書の保管や(これ見よがしの)陳列が目的であって、読書のための施設ではなかった。写真でみるかぎり並べられる本も箔押しの立派な装丁である。

 19世紀には図書館の数と利用者の数が大幅に増えた。フランスのサント=ジュヌヴィエーヴ図書館、アメリカ議会図書館、ジョージ・ピーボディ図書館などの広大な閲覧室の空間が紹介される。鉄の使用が大きな空間を可能にしたのだ。ガス灯などの照明が導入されたことも大きかった。

 法定納本制度も生まれ、公共図書館の蔵書は爆発的に増えた。本の分類と蔵書目録、図書館員の役割が大きくなった。

 20世紀になって図書館の大規模化、劇場化はさらに進む。ニューヨーク公共図書館、大阪の中之島図書館に続いてできた、ストックホルム市立図書館、スロヴェニア国立図書館では、まるでオペラハウスに入場するように、大階段が人を閲覧室へと導いてゆく。

 大戦後になると、イェール大学バイネッキ図書館、フィンランドのセイナヨキ公共図書館、ベルリン州立図書館など、広い閲覧室に読書のための趣向をこらしたデザインが採用される。

 緑の庭園を囲むパリのフランス国立図書館、丘の斜面の地下に図書館を埋めこんだオランダのデルフト工科大学図書館のような、風景のなかへとけこむ図書館も登場してきた。

司馬遼太郎記念館拡大司馬遼太郎記念館=撮影・朝日新聞社
 終章、電子書籍時代の図書館の巻頭を飾るのは、大阪の司馬遼太郎記念館である。

 木づくりの壁面は司馬の蔵書で埋めつくされている。読書は、まず本を手にとってながめるところから始まる。

 オランダのユトレヒト大学図書館では420万冊の本はほとんどが開架式書架に納められ、閲覧室はグループ作業や友達と会うためにも利用できる。

 ICタグの技術で本が盗まれる危険は減少した。

 現代のように出版物が増えると、いかに大規模な図書館でもすべては収納しきれない。

 メキシコのホセ・バスコンセロス図書館はスチール製の書架を天井から吊り下げた。大英図書館はイングランド北部に書庫を建て、総距離263kmの書架には年間300万冊の受け入れが可能だという。本はバーコードのついた箱に収められ、ロボット集荷システムが採用されている。

 最後に紹介される、2012年に中国の北京の北の山中に建った離苑書屋がすばらしい。

 8段に組んだレールに小枝を差し込んだ粗末な小屋のような外観、木材を格子状に組んだ室内の建築で、炉のそばで本を読んだりお茶を飲んだりできる図書館である。著者によれば、「図書館は想像力の場所である。そして、想像力とは一種の遊び――遊び心である。図書館は、私たちを子ども時代に返す」のである。

 もう少し僕らは図書館そのものについて関心を持ったほうがいいのかもしれない。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

松本裕喜

松本裕喜(まつもと・ひろき) 編集者

1949年生まれ。40年間、三省堂で書籍を編集。主な仕事に建築・都市をテーマにした『日本の建築明治大正昭和』(全10巻)、『都市のジャーナリズム』や、歴史・思想ジャンルの『江戸東京学事典』『戦後史大事典』『哲学大図鑑』『心理学大図鑑』など、また言葉・詩歌がテーマの『一語の辞典』『新明解故事ことわざ辞典』『三省堂名歌名句辞典』などがある。2013年退職後、俳句雑誌『鬼』編集長。本をじっくり読むのが、強み、読むのが遅いのが、弱点。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです