衰えを知らぬ過激さ、若々しさ
2015年02月25日
かつて世界を席巻したフランス発の“映画革命"、ヌーヴェル・ヴァーグ/新しい波。そのムーブメントの旗手の一人だったジャン=リュック・ゴダールが、84歳で撮った『さらば、愛の言葉よ』(2014、70分)は、なんとも“とんがった"3D映画の傑作で、度肝を抜かれた。
この衰えを知らぬ過激さ、若々しさは一体なんなのか――。ともかく本作を見る者は、ゴダールが「一作ごとに処女作を撮り続ける映画作家」であることに、あらためて驚かされる(原題は「さらば言葉よ」)。
むろんあの、さまざまな音と映像を、ゴダール以外の誰も思いつかぬ仕方で断片化し、切り貼りし、コラージュしていく手法や、あるいはさまざまなテキスト(小説や哲学書)からの引用の洪水、もしくは原色と濁色を思いがけないやり方で組み合わせる配色は、本作でも絶好調で、いかにもゴダールらしい仕様になっている。
つまり既視感がゼロなのだ。
そして例によって、物語がないわけではないが、見ているあいだは、それをまとまりのあるストーリーとして把握することなど100%不可能。
にもかかわらず、最後までまったく退屈しない。
いやそれどころか、こちらの目はずっとスクリーンに釘づけになる。
……ともあれ野暮は承知で、私が2回見て、なんとか読み取れた本作の物語の要約を試みる。
――暴力をふるう夫から逃れた女がある男と出会い、共同生活を始める。が、新しい男は元夫に襲撃され(間接的に映像化されるのみ)、たぶんそのせいで、ふたりの関係は壊れてしまう(らしい)。おまけに、このカップルのドラマは、2組の別々の男女によって、細部におけるわずかな違いこそあれ、ほぼ同じドラマとして繰り返される。
しかも厄介なことに、それぞれのカップルのドラマは、いずれも最初の15分が、意味のはっきりしない、「1/自然」と「2/隠喩」という題のパートに分割される。
最初のカップルが登場する「1/自然」では、ジョゼット(エロイーズ・ゴデ)が新たな男ジェデオン(カメル・アブデリ)に出会うまでが描かれる。2番目のカップルが登場する「1/自然」では、最初のカップルのドラマと同様、イヴィッチ(ゾエ・ブリュノー)が新たな男マルキュス(リシャール・シュヴァリエ)と出会うまでが描かれる。
そしてなんと、2組のカップルの出会いの描写が終わった後の部分も、「1/自然」、「2/隠喩」というパートに分けられ、それぞれの男女の共同生活が描かれる。
映画の最後の部分は、いわば終章として、小説『フランケンシュタイン』の作者メアリー・シェリーと彼女の夫が登場し(俳優共に不詳)、メアリーは森の中で『フランケンシュタイン』を完成する。
その後、さらにややこしいことに、ゴダール本人と、彼の実生活上のパートナーであるアンヌ=マリー・ミエヴィルらしき女性をカメラがとらえる。ということはつまり、計4組のカップルが本作には登場するのだ。
しかもそうした“増殖するカップルの複雑化"に、どんな意図や意味があるのかは、見る者にはよくわからない(ゴダールはほとんどデタラメにそうした“複雑化"をやっているようにも思われる)……。
そして映画の後半では、いま述べた<双数化><二重化>とは無縁な1匹の犬が、自然の中をさまよう様子がていねいに愛(いと)おしく描かれ、見る者の緊張した視神経を癒してくれる(くだんの犬は、ミエヴィルとゴダールの飼い犬、ロクシー<犬種はウェルシュ・シープドッグ>)――。
もっとも、以上はあくまで「不完全な要約」であって、映画には観客をはぐらかし混乱させるような、主筋とは無関係に思われる多くの書物からの、しかも必ずしも原典に忠実ではないらしい引用が挿入され、さらにハワード・ホークス『コンドル』(1939)、ルーベン・マムーリアン『ジキル博士とハイド氏』(1932)、ヘンリー・キング『キリマンジャロの雪』(1952)、フリッツ・ラング『メトロポリス』(1927)などなどの映画の断片が、フィルムの流れを寸断するように挿入されるのだから、まずは虚心に画面の強度(<かっこ良さ>あるいは<変な感じ><不可解感>)に身を任せるのが、『さらば、愛の言葉よ』の最良の見方だろう。
……そうなのだ、ひとまず、一つひとつの画面の、あるいはそれらが切断され、つながれる<かっこ良さ>を、また、たとえば3Dで撮られた犬のロクシーの顔が、ぬうと前面に飛び出してくる立体感の驚異を、頭を空っぽにして楽しむのが一番いい。
そして、出来れば2回以上見て、記憶に刻まれた数々のショットや編集法を、もしくはあのカップルたちは何なんだなどと、映画好きの人たちとあれこれ話し合うこと、それが『さらば、愛の言葉よ』の最高の味わい方だと思う。
次回は、本作でとくに印象的ないくつかの細部や手法などに触れたい。 <星取り評:★★★★★+★>
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください