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必見!ティム・バートン『ビッグ・アイズ』(上)

ゴーストぺインターをめぐるスマートな傑作

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 1月23日に封切られたティム・バートン監督の『ビッグ・アイズ』を、2月20日にようやく見たが、予想をはるかに上回る素晴らしさで、なぜもっと早く見なかったのかと悔やまれた。

 なにしろ本作では、かの佐村河内事件を想わせる、ゴーストライターならぬゴーストぺインターをめぐる二転三転する物語が、おそらくティム・バートン史上もっとも簡潔でスマートなタッチで描かれるのだ。

 すなわち、1960年代のアート界を揺るがした実在の事件に取材した伝記映画、『ビッグ・アイズ』は、近年の大音響を響かせる「奇想天外」な彼の映画――『チャーリーとチョコレート工場』(2005)、『アリス・イン・ワンダーランド』(2010)、『ダーク・シャドウ』(2012)など――とは対照的な、CGを封印し派手なスペクタクル性をそぎ落とした、いわば<小品性>で勝負した傑作なのだ(もっとも上映時間は106分だが、テンポのよい展開ゆえ、90分くらいにしか感じられない。以下、部分的なネタバレあり)。

(C)Big Eyes SPV, LLC. All Rights Reserved. 拡大『ビッグ・アイズ』   (C)Big Eyes SPV, LLC. All Rights Reserved.
――主人公マーガレット(エイミー・アダムス)は、娘を連れて夫と別居を始める(1958年、北カリフォルニア郊外。当時アメリカで流行したボブ――襟首から下に達しない長さで切りそろえた女性の髪形――がエイミー・アダムスによく似合っている)。

 幼い頃から絵を描くのが好きで美大を出たマーガレットは、娘のジェーンを養うため画家になることを決意。

 アーティスト志望者が集まるサンフランシスコのノースビーチで、娘をモデルにして大きな目の子どもの絵/“ビッグ・アイズ"を描き始めたマーガレットは、野外展示場で風景画を描いているウォルター・キーン(クリストフ・ヴァルツ)と出逢い、結婚する。口下手で内向的な彼女は、社交的で陽気なウォルターに惹かれたのだ。

 当初マーガレットの“ビッグ・アイズ"は、「低俗さ」を理由にアートとしての価値を認められなかった。

 が、二人の運命は一夜にして変わる。ウォルターが妻の絵を展示していたナイトクラブの有名なオーナーとつかみ合いの喧嘩沙汰を起こし、それが新聞の一面に大々的にスクープされるが、そこに写っていたマーガレットの描いた“ビッグ・アイズ"が人々の注目を集め、その奇妙でユニークな絵は人気を博すことに……。

 しかしなんと、ウォルターはクラブで“ビッグ・アイズ"の作者は自分だと偽り、非凡な商才を発揮し、妻の絵の安価な複製版を大量に売り出す。

 結果、“ビッグ・アイズ"は爆発的な流行を巻き起こす。もちろん、心穏やかでないマーガレットは夫に抗議する。だが内気さゆえ、自分が作者だと名乗り出ることができずに鬱々とした日々を送りながらも、ウォルターの陰の存在=ゴーストとして、ひたすら絵を描き続ける。

 そしてウォルターは巧みな宣伝戦略を駆使し、次々とTVや新聞に登場し、舌先三寸のトークを披露し、アート界の寵児にのし上がっていく(マーガレットも夫の詐欺的行為に反発しながらも、彼の巧妙なマーケティング/販促に乗っかって絵を描き続けたが、そうした二人三脚、ないしは共依存<妻の過剰な献身を含む>の要素もあった二人の関係の機微をも、バートンはじつにデリケートに描いている。また後述するように、詐欺師ウォルター・キーンは極悪人ではなく、その並外れた商才にマーガレットが恩恵を受けていたことを、彼女自身認めている)。

 数年後、キーン夫妻はプール付きの豪邸に暮らしていたが、ウォルターはセレブとの派手な交流にうつつを抜かし、いっぽうマーガレットは、娘やクリスティン・リッター扮する友達のディーアン(この女性は創作された人物)に、嘘をつき続けることに心を痛めていた。

 そんなある日、ウォルターの描いた風景画の絵の具が剥がれ、下から別人のサインがあらわれる。彼は売れない画家ですらなく、根っからのペテン師/嘘つきだったのだ。

 さらに、1964年のNY万国博覧会での展示を目論んでウォルターがユニセフに送った妻の絵が、「NYタイムズ」で著名な評論家ジョン・キャナディ(テレンス・スタンプ!)に酷評される。

 ウォルターはそのことで、マーガレットに激しい怒りをぶつけ、アトリエに放火しようとしたりする。常軌を逸した夫の振る舞いに恐怖したマーガレットは、離婚を決意し、娘を連れて家を出、ハワイに逃れる。

 しかし、ウォルターは離婚に応じるどころか、マーガレットに新作の絵を描くよう要求するが、マーガレットはついに逆襲を決意、ラジオ番組で真実を告白する。彼女の発言は世界中を駆けめぐるが、ウォルターも真っ向から反論、争いは法廷にもつれ込み、一大スキャンダルへと発展する(その裁判シーンには、あっと驚くサプライズが仕掛けられている)――。

 さて、こうした物語の面白さもさることながら、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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