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『アメリカン・スナイパー』の痛ましさ(下)

イーストウッドにおける<不気味なもの>、イラク帰還自衛隊員の自殺など

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 戦闘トラウマ/PTSDが大きなテーマのひとつである『アメリカン・スナイパー』は、けっして例外的なイーストウッド作品ではない。

 もとよりイーストウッドは、自作自演の第1作、『恐怖のメロディ』(1971)で恋愛妄想にとりつかれて凶器を振りかざすサイコパス女を描き、『父親たちの星条旗』(2006)では、やはり「英雄」として帰還した兵士が心を病み自殺にいたる悲劇を描き、『ヒア・アフター』(2010)でも、大津波にあい九死に一生を得たヒロインが抑うつ状態になるも、霊能者の青年と出会うことで“再生"を果たすドラマを描き、さらに『J・エドガー』(2011)では、つねに「敵」への強迫観念に呪縛されつづけたフーヴァーFBI長官の生涯を描いた。

クリント・イーストウッド=鈴木香織氏撮影クリント・イーストウッド=撮影・鈴木香織氏
 つまりイーストウッドは、しばしば<不気味なもの>――精神病理学的・サイコ・スリラー的な、あるいは超常現象的なモチーフ――を好んで描く映画作家なのだ(超常現象のモチーフは、幽霊ガンマンを主人公にした『荒野のストレンジャー』(1973)、『ペイルライダー』(1985)、前記『ヒア・アフター』に顕著だった)。

 そしてイーストウッド的な<不気味なもの>は、『アメリカン・スナイパー』でも主調低音となっている。

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