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必見! エドワード・ヤンの『恐怖分子』

魔都・台北を舞台にした傑作犯罪映画

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 ホウ・シャオシェンとともに80年代、90年代の「台湾ニューシネマ」を牽引した名匠エドワード・ヤン(1947-2007)。

 およそ20年ぶりに上映されている彼の出世作、『恐怖分子』(1986)をこのたび再見して、台北を得体の知れぬ魔都に変貌させたヤンの天才に、あらためて驚嘆させられた。

エドワード・ヤン監督=2000年拡大エドワード・ヤン監督=2000年
 3作目の長篇である『恐怖分子』でエドワード・ヤンは、今の日本が舞台でもまったく違和感のないリアルな複数の人間ドラマ、および事件を交差させつつ、いくつものショットを変幻自在に組みあわせ、ありえないような場面同士の連鎖反応を描き出す(それにしても“恐怖分子/Terrorizers"とは、何とまがまがしく、かつ魅惑的なタイトルだろう!)。

――主要人物は5人である。

 冒頭で警察の手入れから逃れる「混血」の不良少女シューアン(ワン・アン)、その姿を偶然カメラでとらえたシャオチェン(チン・シーチュ)、執筆に行き詰まっている女流小説家イーフェン(コラ・ミャオ)、その夫で課長の突然の死に出世のチャンスを見出す医師のリーチョン(リー・リンチョン、暗いどろんとした目が印象的)、そして、リーチョンの旧友である強面(こわもて)でずんぐりした中年のクー警部(クー・パオミン、好演!)。

 これら主要人物の中で最重要人物といえるのが、小説家イーフェンとその夫リーチョンである(以下ネタバレあり)。

 イーフェンは前述のごとく小説が書けなくなり、出世欲にかられた彼女の夫リーチョンは、友人の同僚が不正を犯したと上司に嘘をつき、急死した課長の後任ポストを狙う。

 そして彼ら夫婦間にも溝が出来つつあったが、イーフェンは夫にこう言う。生活を変えたい、子どもが欲しい(彼女はかつて流産)、小説のインスピレーションが湧かない、要するに「こんなはずではなかった」と。

 夫は夫で、「男は仕事が第一、他はどうでもいい。小説なんて命がけの仕事でもあるまい」と言う(二人はつぶやくような語調で喋るが、彼・彼女に限らず、ヤンの映画の人物はしばしば、あまり抑揚をつけぬ口調で喋り、感情を表に出さない。

 そしてそれによって、かえって画面は熱気を帯びる。ただし、『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)などでは丁々発止の会話もみられるが、それとて突き放した距離感で描かれる)。

 さて、不良少女シューアンが偶然イーフェンにかけたイタズラ電話――シューアンは夫の愛人を装う――によって、夫婦の危機はいっそう深刻化し、夫への疑心を強めたイーフェンは、元恋人のシエンとよりを戻す。

 いっぽう夫は、手にしたかに思えた課長のポストを土壇場で逃し、意気消沈し、街をさまよったあげく上司を射殺し、さらに或るアパートでベッドを共にしていた妻とその元恋人シエンに発砲し、“恐怖分子"と化し、やがて悲劇的な最期を遂げる。

 また本作のファム・ファタールともいうべきシューアン/ワン・アンも、“恐怖分子"と化す。街で男をホテルに誘い、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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