魔都・台北を舞台にした傑作犯罪映画
2015年04月08日
ホウ・シャオシェンとともに80年代、90年代の「台湾ニューシネマ」を牽引した名匠エドワード・ヤン(1947-2007)。
およそ20年ぶりに上映されている彼の出世作、『恐怖分子』(1986)をこのたび再見して、台北を得体の知れぬ魔都に変貌させたヤンの天才に、あらためて驚嘆させられた。
――主要人物は5人である。
冒頭で警察の手入れから逃れる「混血」の不良少女シューアン(ワン・アン)、その姿を偶然カメラでとらえたシャオチェン(チン・シーチュ)、執筆に行き詰まっている女流小説家イーフェン(コラ・ミャオ)、その夫で課長の突然の死に出世のチャンスを見出す医師のリーチョン(リー・リンチョン、暗いどろんとした目が印象的)、そして、リーチョンの旧友である強面(こわもて)でずんぐりした中年のクー警部(クー・パオミン、好演!)。
これら主要人物の中で最重要人物といえるのが、小説家イーフェンとその夫リーチョンである(以下ネタバレあり)。
イーフェンは前述のごとく小説が書けなくなり、出世欲にかられた彼女の夫リーチョンは、友人の同僚が不正を犯したと上司に嘘をつき、急死した課長の後任ポストを狙う。
そして彼ら夫婦間にも溝が出来つつあったが、イーフェンは夫にこう言う。生活を変えたい、子どもが欲しい(彼女はかつて流産)、小説のインスピレーションが湧かない、要するに「こんなはずではなかった」と。
夫は夫で、「男は仕事が第一、他はどうでもいい。小説なんて命がけの仕事でもあるまい」と言う(二人はつぶやくような語調で喋るが、彼・彼女に限らず、ヤンの映画の人物はしばしば、あまり抑揚をつけぬ口調で喋り、感情を表に出さない。
そしてそれによって、かえって画面は熱気を帯びる。ただし、『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)などでは丁々発止の会話もみられるが、それとて突き放した距離感で描かれる)。
さて、不良少女シューアンが偶然イーフェンにかけたイタズラ電話――シューアンは夫の愛人を装う――によって、夫婦の危機はいっそう深刻化し、夫への疑心を強めたイーフェンは、元恋人のシエンとよりを戻す。
いっぽう夫は、手にしたかに思えた課長のポストを土壇場で逃し、意気消沈し、街をさまよったあげく上司を射殺し、さらに或るアパートでベッドを共にしていた妻とその元恋人シエンに発砲し、“恐怖分子"と化し、やがて悲劇的な最期を遂げる。
また本作のファム・ファタールともいうべきシューアン/ワン・アンも、“恐怖分子"と化す。街で男をホテルに誘い、
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください