メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

大塚家具の親子合戦。コンサル姫か、血と汗か

昭和な私が解釈すると……

矢部万紀子 コラムニスト

 大塚家具親子合戦の当初、私は娘の久美子社長という人を贔屓にしていた。

記者会見する大塚勝久会長(手前)。左後方はきょうだいで唯一会長側につく長男・勝之取締役=2月25日、拡大大塚勝久会長(手前)のこの会見からすべては始まった。左後方は長男・勝之取締役
 発端は2月25日の夜、父の勝久会長という人が会見する様子をテレビ画面で眺めた。

 ご本人が熱く語る内容をさほど熱心に聞いたわけではないが、勝久氏の隣に並ぶ長男ほかの役員候補、その後ろにずらずらと並んだ部長職だという社員たち、全員が男性で、全員がそろいもそろって表情を見せず、まさに判断停止の「ザ・イエスマン」に見えた。

 勝久会長という人が創業者で、大塚家具が彼の個人商店なのだとしても、「ものを考えるのは、勝久氏だけ。あとは誰も考えていません」な状態では、この会社はダメだろう。小さいお店だって、ものを考える人がひとりではうまくいくはずがない。ましてや上場企業がそれでは、話にならないだろう。そうとしか思えなかった。

続投が決まり、記者会見する大塚家具の大塚久美子社長拡大父親の会見翌日、一人で「中期経営計画」を発表した大塚久美子社長
 翌日、久美子社長という人が会見をした。ひとりである。

 第一声は、「本日は大塚家具の中期経営計画発表会に、かくも大勢の方々にお集まりいただき、誠にありがとうございます」。

 前日の父の会見に対抗してあたふた開いた会見でなく、あくまで中期経営計画を説明するのであるという「つかみ」。

 ずらずら並んだ男性陣の「判断停止」の表情に対して、スーツをビシッと着て背筋を伸ばし、ひとりで立っていた。

 こういうのは、同性から見ると、なかなかカッコよい。

 前日の会見の報道から、彼女は一橋大学を卒業し、富士銀行を経て、コンサルタント会社に勤めていたという経歴も頭に入っていた。パワポの画面が映し出す「中期経営計画」は、いかにもコンサルのそれだと思えた。

 「個人商店」vs.「コンサル経営」、どっちがよいですか? そういう構図に鮮やかにもっていった久美子氏の振る舞いに、「へー、この人、やるなー」と思ったのである。

 なので勝手に、株主総会の勝敗も案外あっさりつくのではないかと思っていた。勝久氏の会見を見て、「あの態勢に任せよう」と思う株主が過半数を超えるとは、とても思えなかったからで、二者択一なら「娘の勝ち」ではないか、と。

「かぐや姫」の正しい用例

 そのまま関心を薄らせていた私だったが、親子合戦は世間の興味をすごく引いたらしく、次々いろいろな報道がなされた。

 なんとはなしに読んでいると、いつの間にか久美子氏は「かぐや姫」という冠をいただいていた。マスコミが勝手につけたのではなく、社内でそう呼ばれているのだ、とわかった。

 家具屋だから「かぐや姫」。うーん。久美子社長って人、あんまり社内で愛されてないのかも。

 だって、サラリーマンを比較的長く続ける身として、すぐに頭に浮かぶ「かぐや姫」の正しい用例はこんな感じなのだ。 ・・・ログインして読む
(残り:約2196文字/本文:約3310文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。

矢部万紀子の記事

もっと見る