メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

[書評]『知日』

毛丹青、蘇静、馬仕睿 著

上原昌弘 編集者・七つ森書館

「知ること」こそ理解の第一歩  

 最近「日本大好き」をお題目とするネット情報やテレビ番組、書籍が目について仕方ない。「クールジャパン」の仕掛けが内向きに効いているんだろうか。嫌韓・嫌中本もいまだ続々と出ているし。

 「日本は特殊」と言い切る本は昔から多かった。

 九鬼周造も和辻哲郎もドイツから帰ってきた途端、日本賛美に寄ってしまった。とはいえ「日本はヘン」と自省を促すスタンスは、辛うじて保たれていたような気がする。

 で、今回紹介する本は「知日」。副題は「なぜ中国人は、日本が好きなのか!」。帯には「親日でも反日でもなく、『知日』!!!」とある。

 中国人って日本が大嫌いなはずじゃないのか。なんといってもこっちは侵略したんだぜ、などとブツクサ言いつつ頁を開いて驚いた。

『知日――なぜ中国人は、日本が好きなのか!』(毛丹青、蘇静、馬仕睿 著 潮出版社) 定価:本体1500円+税拡大『知日――なぜ中国人は、日本が好きなのか!』(毛丹青、蘇静、馬仕睿 著 潮出版社) 定価:本体1500円+税
 まず目に飛び込んできたのは、セーラー服の少女の写真と、「第2号/特集 制服」と中国の簡体字で書かれたタイトル文字。

 「え?」と固まりながら頁を繰ると、「森ガール」(9号)、「断捨離」(12号)、「暴走」(13号)などのタイトルが並んでいる。

 そう、「知日」とは、北京で創刊された、「今の日本」を知るための雑誌のタイトル。本書はいまや25号を数える雑誌「知日」を紹介したダイジェスト本なのである。

 本書によれば、この中国人向け日本ガイド雑誌の実売は、特集によっては10万部を超えるという。

 これは相当な数だ。中国より雑誌市場が大きい日本でも、コミック以外で実売10万部超という数はハンパじゃない。

 そして雑誌の中身は、さぞかし「日本すごい」であふれているのではと思うだろうが(もちろんそういうところもあるのだが)、基本的には切り口が全然ちがう。とにかくヴィジュアルが主体なのである。

 たとえば「暴走」特集。「暴走」とは日本の暴走族のことである。としたら、われわれ日本人なら、暴走族の構成メンバーはどうなっているのか、何が彼/彼女を暴走行為に走らせるのか、などが考察されていると思うだろう。

 だがそうではない。全ページ掲載されているわけではないので、そういう記事が全くないかはわからないのだが、誌面のメインにくるのは、コミックに描かれた「暴走族」「暴走行為」。「暴走というカタチ」が美的にどう表現されているのか、がまず問題なのだ。

 2011年1月1日が奥付の「知日」創刊号の特集タイトルは「奈良美智」。奈良さんは、日本国内ではなかなか掲載許可をいただけないことでも有名だ(編集者業界では)。しかも中国国内での知名度は決して高くない。その特集を実現させ、完売した編集部の力量には感服するしかない。

 数年前に上海在住の建築家から聞いたところによれば、「上海ジャピオン」や「北京ジャピオン」といった、中国在住の日本人向けフリーペーパーはかなり前から発行されていた。それらの雑誌では、「知日」的なビジュアル特集がしばしば組まれ、日本人だけでなく中国人にも読まれていたという。

 海賊版アニメやAVで日本に触れていた中国の人々の、日本への文化的関心は当時から高く、「知日」が売れる素地はあった。だからこそ、創刊号の「奈良美智」特集だったのだろう。

 もっとも「知日」は創刊直後に東日本大震災があり、日本への関心が高まったことで部数を伸ばしたが、その後低迷し、2011年冬から12年夏にかけては休刊していた。それが、尖閣問題で反日デモが激化したさなかに突然復刊。ネガティブな意味での日本への関心が高まったことで復刊後は部数が急増し、現在に至るという。

 編集長の蘇静(ス・ジン、34歳)のハンパではないオタク的情熱、アートディレクターの馬仕睿(マ・シルイ)の日本の文字フォントへの執着と言っていいほどの強い関心など、収録されているインタビューもまた面白い。

 さらに本書オリジナルの内容として、主筆の毛丹青(マオ・タンチン、神戸国際大学教授)と内田樹の対談も収められており、そこで毛はこう語っている。

 「余計なお世話かもしれないけど、日本で逆の動きがまったくないのが心配です」「日本で『知中』という雑誌を作っても、絶対に売れないでしょうね」

 内田は言葉を返す。

 「危機的なまでに非対称な文化状況だと思います。売れるのは『日本は素晴らしい』『中国や韓国はそのうち滅びる』なんて夜郎自大な言説ばかりで、人々はそれに踊らされている」

 なぜ中国人は日本が好きなのか。別に政治的には嫌いでも、文化が好きならば、「日本が好き」。そのようにして異国を受け入れている中国人のほうが、ずっと柔軟で大人なんじゃないだろうか。

 ともかくも、現状の危機的な非対称性を少しでも解消するための第一歩は、まず知ることである。中国や韓国の今の文化をリアルタイムで伝える、「知中」「知韓」を作ってみたい。そんな編集者的情熱を煽られる一冊であった。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

上原昌弘

上原昌弘(うえはら・まさひろ) 編集者・七つ森書館

1961年生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科卒。大学時代、産経新聞と北海道新聞と新書館(後に入社)の3社かけもちで働く。卒論はヒッチコック。月刊コミック誌、バレエ雑誌、思想誌『大航海』などを編集。また書籍では、川本三郎『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞受賞)、『小津安二郎全集』、『車谷長吉全集』(いずれも新書館)などを編集。3・11の大震災の日に辞表を提出、いまの会社は3社目。