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[書評]『コンサル一〇〇年史』

並木裕太 著

井上威朗 編集者

「中の人」が「嫌われる理由」に向き合う勇気  

 コンサル。わが同業には、この業界の人に嫌悪感を示す人が多いようです。いわく、上から目線で失礼な奴だ、無責任なアドバイスで高いカネを取る連中だ……。

 しかし、これって編集者も同様な気がします。自分では書けないくせに著者にもっともらしい指示を出すし、その指示が反映されて完成した本が売れなくても給料はしっかり手にするし……。

 つまり見方によっては、編集者も嫌われて当然な存在かもしれません。その辺に目をつぶって、酒場で「あの著者はオレが育てたようなモノなのによう。ちったあ印税でも分けてみろってんだ」みたいなクダをまくのって、かなり格好悪いですよね。

 ではコンサルのほうは、自分たちの嫌われっぷりをどう考えているのでしょうか。本書『コンサル一〇〇年史』の著者は、おそらく日本で唯一の、マッキンゼーから独立して自分でコンサル事務所を起業した人物。完全なる「中の人」です。

 しかしこの著者、自分たちへ向けられる嫌悪に対して目をつぶっていません。いやそれどころか、その現実をコンサルらしく分析し、挑発的ですらある対案を出してきます。

『コンサル一〇〇年史』(並木裕太 著 ディスカヴァー21) 定価:本体2500円+税『コンサル一〇〇年史』(並木裕太 著 ディスカヴァー21) 定価:本体2500円+税
 本書では、日本は「コンサル後進国」であると述べられています。世界第3位の経済規模を持つ国でありながら、コンサルの市場規模がものすごく小さいからです。

 なるほど、その「後進国」ぶりを批判して、コンサルは必要なんだっていう話にするのね、と思ったら大違いでした。

 著者は日本でコンサルが嫌われ、信用されない例として、次のような「業界あるある話」を披露します。

 コンサルは「企業」の課題を解決して成長をサポートするのが目的である。さて、ここに大企業があり、次期社長候補に佐々木と田中の2人がいる。

 佐々木はコンサルA社と、田中はB社と付き合い、プロジェクトを遂行してきた。しかし佐々木の事業は不振に陥り、次期社長レースは田中優位となる。A社は「企業」を支えるというコンサルのロジックに従い、田中に近づく。

 「我々に選ばれた次のリーダーはあなたです」

 すると、田中は当たり前のようにこう答え、追い返す。

 「A社さんは佐々木の世話になってきたんだろう。そんな手のひらを返すようなところと仕事をしたくない」

 仕方ないのでA社の面々は佐々木のオフィスに向かうが、A社が田中を訪れたという話はすでに伝わっている。だから佐々木はこう言った。

 「残念だが、もうA社さんは信じられない」

 こうしてA社は、顧客を一つ失った――。

 日本人から見たら「これだからコンサルは信用できない」ということになるのでしょうが、コンサルの目的はあくまでも「企業」の業績を伸ばすことにあります。

 だとすれば、ここでのコンサルの振る舞いはコンサル的な理にかなったものであり、「ひどいのは人情で仕事する日本企業のガラパゴス性だ」と言いつのることも可能です。

 が、著者はそう考えません。企業ばかり見て人を見ないコンサルの側に問題があると指摘します。

 〈コンサルタントが尽くし、支える対象は「人」である〉

 こう断言し、かつてコンサルの理念を崇高なものにした先人たちも同様の考えだったはずだ、と説くのです。

 著者はこの前提を踏まえ、さらにコンサルたちに以下のように提言します。

 戦略を立てたら、それを自分でやる勇気があるのか問え。そして時間単位の報酬ではなく成功報酬を要求せよ。実績が上がらないのはクライアントではなくてコンサルのせいだ、と考えてリスクを負うのだ――。

 業界に疎い素人でも、これが常識からかけ離れた提案であろうことはわかります。だからこそ、著者の「自分の業界の問題を根本から見すえてやろう」という意志がしっかり伝わります。

 どの業界でも、自分たちの提供する価値を根本から見直そうなんて、なかなかできることではありません。正直なところ、素晴らしい勇気の表明だと思います。

 本書の素晴らしいところはそれだけではありません。この提言に説得力を与えるために、タイトル通りコンサル100年の歴史を丹念に追い、業界地図を整理し、くわえて業界の大物にインタビューを行うなど、素人の読者がコンサルについて知りたいであろうことを先回りしてすべて網羅しようと試みています。

 たとえば、マッキンゼーはその名のとおりマッキンゼーという人が創業したのだけど、10年ちょっとで急逝。だからその後の発展を支えたマービン・バウワーがレジェンドとして知られるようになった、とか基本的なことも初めて知りました。お恥ずかしい。

 さらにはコンサル業界志望の学生のために、面接で聞かれることや具体的な仕事内容、さらには出世ルートまで細かく明かすというサービスぶりです。

 ということで基本文献として絶賛できる大著なのですが、編集者的には最後の最後がもったいないです。もしかして、この著者は「ウラ取り」をきっちりやらずに開き直っちゃうタイプの人なのでは……と疑念を持たせる記述が残っているのです。

 いや、その記述も著者の正直さのあらわれなのかも知れません。だとしたら、変に疑い深く原稿を読んでしまうのも、編集者の嫌われる理由だということで、私のほうが反省すべきでしょう。

 反省の証に、まずは酒場で不毛なクダをまくのをやめようと思います。ではまた。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。