開沼博 著
2015年05月14日
私は開沼さんの担当編集者なので、新刊は常にチェックする。たとえ担当でなくても、開沼さんは、発言や書くものが気になる人だったと思う。ただ、今回の本について言えば、私が手にとった一番の理由は《「福島難しい・面倒くさい」になってしまったあなたへ》という帯コピーだった。
冒頭には《福島を知るための25の数字》が質問形式で掲げられている。
たとえば、震災前に福島で暮らしていた人のうち、今現在、県外で暮らしている人の割合はどのくらいか? 著者は講演などではほとんど毎回、これを会場に尋ねるそうだ。
本書がメディアで紹介されるときにも必ず例に挙げられる数字なので、ネタバレになってもいいだろう。答えは約2.5%だ。
2014年3月に東大の関谷直也氏が全国1779人に行った調査では、1365名が「福島では人口流出が続いている」と答え、その予想する平均値は24.38%。実際の値と10倍の差である。
ちなみに開沼さんが同年7月に中国地方の地元紙記者に同じ質問をしたところ、「4割」という答えが返ってきたという。
そしてつけ加えると、2000年から2005年までの福島の人口減少率は1.7%、2005年から2010年までは3%。2.5%という数字に、震災と原発事故の影響はたしかにあるのだが、それでも、震災前から福島県の人口は減っていた。
さらに言えば、人口が減少しているのは、何も福島県だけではない。開沼さんが、福島の問題は、福島固有の問題ではなく地方の問題である、震災後に生じたのでなく震災前からの問題である、と繰り返すのは、このような事実を指してのことだ。
もちろん私も10倍の開きに驚いた口である。
私の福島についての知識・イメージは、2011年3月から半年ぐらいのところまでで、ほとんど止まっていた。というより、私が知ろうとしていたのは、「福島第一原発の事故が起きた福島」だけであって、それ以前の福島のことも、それ以後の福島のことも、要は何も知らないのだということを、あらためてつきつけられた。
その点で、本書の内容はとてもインパクトがあり、大変勉強になり、読んで本当によかったと思う。
だが、本書の読後感はそこでは終わらない。なぜなら、本書は福島の現状をデータで示しているが、そのことはすなわち、こういったデータを知らず、あるいはあえて無視して福島を語る人たちへの、痛烈な批判という意味を帯びるからだ。
いや、「意味を帯びる」などというレベルではない。巻末の《間違いだらけの「俗流フクシマ論」リスト》や、「良識派ヅラした偽善者の傲慢に付き合うな」といった小見出しから分かるように、本書は、明確に攻撃的な本だ。
開沼さんの怒りは、「政府やマスコミは隠蔽しているが、実は、福島では死産や深刻な先天性疾患が増えている」といった言説を垂れ流す人にだけでなく、「原発事故を契機に、文明を反省せよ」などといった福島語りをする人にも向けられる。
当然のことながら、開沼さんのそのような姿勢は、他の研究者や言論人の批判を招く。実際彼は、本書の内容をめぐり、あちこちで、いわゆる大物論客と論争している。
私は本書の内容に共鳴しつつも、自分が日頃信頼し、尊敬する人たちの、開沼さんに対する批判的意見に、「そうだな」と思わされたりする。結局、定見のない編集者であり読み手である私にとって、やっぱり、福島は「難しい・面倒くさい」になってしまうのである。
だが、考えてみれば、私にとって「難しい・面倒くさい」ことは、何も福島の話だけではない。社会問題についてどう向き合うかという点でも、開沼さんが言うように、「福島の問題は普遍の問題」だということなのだ。
ただ少なくとも、本書で示された「2014年の福島県産米の全量全袋検査で、放射線量の法定基準値を超えたものはゼロ」という事実によって、「福島の子どもたちは他県よりも放射能の多い危険な食べ物を食べ続けている」のような言説は排除される。
今後、福島について、考え語ろうとするなら、まず本書で示されたデータは押さえるべきだ。そのような、議論のスタートとなる共通土俵を設定した本書の存在意義は、とても大きいと思う。
開沼博 「『避難・賠償・除染・原発・放射線・子どもたち』――紋切り型抜きで3・11を捉え直そう」
開沼博 「山本太郎当選に対する福島からの『希望』の在処――ある県外避難をした福島人との会話」
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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