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 前回も触れたが、シネマヴェーラでの本特集に連動して、伊地智啓の著作、『映画の荒野を走れ――プロデューサー始末半世紀』(上野昂志・木村建哉=編、インスクリプト、2015)が刊行された。

 60年代から現在にいたるまでの伊地智の足跡が生き生きと詳細に記録された、まさに読み出したら止まらないスリリングな一冊だが、映画ファンや映画研究者だけでなく、今の現役の映画人たち――とりわけ映画業界の人々――にぜひとも読んでほしい本である。

 伊地智は本書で、撮影所システムの崩壊以降、低下しつづけている今日の日本映画の質、および産業的基盤を底上げするために、製作サイドは何をなすべきかという具体的な方策も述べているからだ。

 たとえば伊地智は、こう言う――「プロデューサーの映画に対する立ち位置って、[シナリオ]ライターや監督と同列じゃない、厳しいですよ。まずホン[脚本・シナリオ]ありき。そのホンをどう作るか、映画の全体図はプロデューサーの頭にある。脚本家は作家です。それを実現することの全責任は監督にはなくて、プロデューサーにある。で、出来上がったホンに関して監督が入ってくる。そしてまた企業も入ってくる。企業の意見をくみ上げつつ、プロデューサーが最終判断をしながら、次の稿へ行く」(335-336頁)。

 要するに、映画づくりにおけるプロデューサーの位置は、製作のさまざまな段階をチェックしつつ、なおかつ、つねに全体に目配りできる、野球でいえば捕手のような扇の要にあるといえよう。

 本書ではまた、このような“現場感"あふれた伊地智の言葉を引き出すインタビュアーら――木村建哉、中村秀之、藤井仁子、上野昂志――の質問・取材も、じつに的確である。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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