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 伊地智啓がキティ・フィルムで製作した『太陽を盗んだ男』(長谷川和彦監督、1979)は、原爆を作って日本政府を脅迫する中学教師のお話だ。

 文字どおり、奇想天外な破格の傑作である。147分の長尺だが、片時も画面から目を離せない。もちろん、奇想天外な物語をハイレベルな映画に仕上げることは、とてつもなくハードルが高い。失敗例は掃いて捨てるほどある。

映画「太陽を盗んだ男」拡大『太陽を盗んだ男』の沢田研二=1979 TOHO co.,ltd
 したがって、『太陽を盗んだ男』が、その困難を突破して日本映画史上屈指の傑作たりえたのは、なにより、長谷川監督、伊地智プロデューサーの類いまれな力量に由(よ)っているといえる。

 そしてまた、その他のスタッフ、キャストらが持てる力を十全に発揮したからでもある。

 要するに、それらすべてが稀有な化学反応を起こしたわけだ(これはまあ、本作にかぎらず、傑作の名に値するほとんどの映画に共通することだが。なお以下、部分的なネタバレあり)。

 ――中学校の理科教師、沢田研二扮する城戸誠(きど・まこと)は、茨城県東海村の原子力発電所からプルトニウムを盗み、アパートの自室で原子爆弾を完成させる。

 城戸はその自家製の原爆によって国家を脅迫するが、彼が交渉相手に名指ししたのは、警視庁捜査一課の山下警部(菅原文太)だ。山下は、城戸のプルトニウム強奪に先だって描かれる出来事、すなわち城戸が生徒らを引率しての見学旅行中に遭遇したバスジャック事件を、体を張って解決したタフな鬼警部だった……。

 こうした前半部だけでも、観客はいくつものヤマ場に波状攻撃され、息もつけないほどだ。ただし、そこで展開されるのは、けっして"血沸き肉踊る"大活劇ではない(ド迫力の大活劇、パニック・シーンは終盤で炸裂)。警察の狙撃手によるバスジャック犯射殺も、活劇感マックスではない。

 では、前半における最も注目すべき描写のポイントは何か――。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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