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元少年A『絶歌』が刺激した日本の“空気”(上)

日本社会に必要なのは「感情」ではない

松谷創一郎 ライター、リサーチャー

「被害者遺族の心情を配慮」

 1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件。その犯人である元少年Aの手記『絶歌』が出版されて、2週間ほどが経過した。この一件は、いまだにさまざまな反響を呼んでいる。

書店に平積みされた元少年Aの「絶歌」拡大発売当初、元少年A『絶歌』は多くの書店で平積みにされた
 たとえば、啓文堂は38店舗全店で販売を見合わせている。その一方で売れ行きはとても良く、版元の太田出版は5万部の増刷を決めた。累計発行部数は15万部となった。

 啓文堂が販売を見合わせる理由として挙げるのが「被害者遺族の心情を配慮」であるように、この一件のもっとも大きな問題は、ふたりの被害者遺族への許諾なき出版にある。つまり、本の内容よりも出版にいたるまでの手続きの問題にある。

 今年3月、遺族のひとりである山下京子さんは、名古屋大生の事件を受けて「彼の生の言葉が社会に伝われば、そういった犯罪の抑止力になれるのでは」と述べていた。それはAから送られてくる手紙の内容に変化を感じ取っていたからでもあった。

 しかし、この無断の出版は構築されつつあった遺族たちとAとの関係を決定的に壊してしまった。

 もうひとりの被害者の遺族である土師守さんも、重大な二次被害とこの出版を非難している。そして両者ともに、『絶歌』を読むことはないと表明している。

 世論も概ね「被害者遺族の心情」に同調し、『絶歌』を糾弾する向きにある。たとえば『週刊新潮』は、「気を付けろ、元『少年A』が歩いている!」という3ページの記事を組み、日本のどこにAが滞在していたかを匂わせている。

 この記事の表題は、1981年にフランスで起きた女性殺人事件の「気を付けろ、サガワ君が歩いている!」を受けてのものだ。

 そしてなにより思い出さなければならないのは、1997年当時、少年Aの実名と顔写真を掲載したのは新潮社の『FOCUS』だったことだ。その情報は、現在でもインターネット上に漂っている。

限定的な想像力

 筆者が『Yahoo!ニュース個人』に「『酒鬼薔薇聖斗』の“人間宣言”――元少年A『絶歌』が出版される意義」 と題した記事を発表した後、同記事のコメント欄やTwitter、そしてEメールで寄せられた意見は、賛同が4割、反論が6割といった印象である。

 実はここまでの賛同の多さは、少々意外なものであった。 ・・・ログインして読む
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筆者

松谷創一郎

松谷創一郎(まつたに・そういちろう) ライター、リサーチャー

ライター、リサーチャー。1974年生まれ。商業誌から社会学論文、企業PR誌まで幅広く執筆し、国内外各種企業のマーケティングリサーチも手がける。得意分野は、映画やマンガ、ファッションなどカルチャー全般、流行や社会現象分析、社会調査、映画やマンガ、テレビなどコンテンツビジネス業界について。著書に『SMAPはなぜ解散したのか』(SB新書)、『ギャルと不思議ちゃん論――女の子たちの三十年戦争』(原書房)。共著 に『どこか〈問題化〉される若者たち』(羽淵一代編、恒星社厚生閣)、『文化社会学の視座――のめりこむメディア文化とそこにある日常の文化』(南田勝也、辻泉編、ミネルヴァ書房)等。

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