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 名物会長だったジル・ジャコブが表舞台から去った今年2015年、新生カンヌ映画祭の舵を握ったのはふたりの人物である。

 まずはディレクターのティエリー・フレモー。2001年にカンヌ映画祭の芸術ディレクターに任命され、2007年からはすでに総合ディレクターとして活躍している。

 当初はジャコブのもとでディレクター修行を続けていたが、ジャコブのインタビューによると、「二人の人間が一緒に作品選定を担当するのは不可能」ということで、2004年からはフレモーが基本的に映画のセレクションを任されている。1960年生まれで現在55歳と、まだ比較的若いと言える。

ティエリー・フレモー拡大ティエリー・フレモー=撮影・筆者
 外見はフランス版上岡龍太郎にも見える(私だけ?)フレモーは、フランス第2の都市リヨンの郊外育ち。

 フレモーの父親は大手電力会社EDFのエンジニアだったが、社内でシネクラブを主催する生粋のシネフィルで、息子のフレモーに大きな影響を与えたという。

 映画の発祥地でもあるリヨンには、映画の父・リュミエール兄弟の博物館とシネマテークを併せ持つリュミエール研究所(Institut Lumière)がある。フレモーはまだ大学に籍を置いていた22歳の時に、ボランティアスタッフとして加わった。

 そして同研究所の指揮をとる、リヨン出身の映画監督ベルトラン・タヴェルニエの信頼を得て、今ではディレクターの地位にまで登りつめている。

 「今では」と書いたが、つまり驚くことに、現在もカンヌ映画祭のディレクターでありながら、同時に同研究所のディレクターを現役で務めているのだ。

 要職の兼任が堂々と認められるのは

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筆者

林瑞絵

林瑞絵(はやし・みずえ) フリーライター、映画ジャーナリスト

フリーライター、映画ジャーナリスト。1972年、札幌市生まれ。大学卒業後、映画宣伝業を経て渡仏。現在はパリに在住し、映画、子育て、旅行、フランスの文化・社会一般について執筆する。著書に『フランス映画どこへ行く――ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて』(花伝社/「キネマ旬報映画本大賞2011」で第7位)、『パリの子育て・親育て』(花伝社)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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