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憲法が決壊した夏、『野火』に感じる戦争のリアル

「戦争の恐ろしさを全身に浴びてください」――塚本晋也監督

大友麻子

実質的な改憲が強行された
戦後70年目の危機

 先般、「安全保障法案」が与党単独で衆議院で強行採決された。「違憲」であるとの憲法学者らの指摘をも踏み越え、憲法の根幹を揺るがす10本の法改正と1本の恒久法の制定、つまり11本の法案の審議を、わずか110時間で「議論は尽くした」として打ち切った。憲法が決壊したのである。

 地理的な制約なく、「自国防衛」の範疇を超え、自国の利益と密接な関係のある他国のために自衛隊の武力行使を可能にする。もはやそれは「自衛隊」ではない。実質的な解釈改憲が、「国民投票」という主権者の判断に委ねられることなく、与党の強行採決によって行なわれてしまった、戦後70年目にして立憲民主主義の危機が訪れたのである。

 武力行使を可能とする「存立危機事態」の事例は、ホルムズ海峡の機雷撤去、有事の際に紛争地より避難する日本人母子の乗った米軍艦船が攻撃された場合など、いずれも机上で官僚たちが組み立てた、起こりうる可能性の極めて低い事態ばかりである。もはや、そこでの戦争は「バーチャル」な妄想の産物となりつつある。

 しかし、戦争とはそもそも何なのか。武力行使とは何を意味するのか。

 それが意味するのは、命の破壊、肉体の破壊、そして精神の破壊である。

危機感に突き動かされて
踏み切った自主制作という選択

 今夏、その「戦争」のリアルを我々の五感に取り戻す映画が生まれた。鬼才・塚本晋也の新作『野火』である。

 自身も召集されフィリピン戦線に送り込まれた経験を持つ大岡昇平が、最も苛酷な戦場の一つとなったレイテ島を舞台に彷徨う敗残兵たちの姿を描いた同名の小説が原作である。

『野火』『野火』
 10代の時に原作と出会い、圧倒的に美しい南国の自然の中で、人間だけが奇妙な動き方をしてボロボロになり物体となっていく、その臨場感溢れる恐ろしさに打ちのめされ、いつか映像化したいと熱望してきた塚本が、実際のレイテ戦の体験者らにも取材を重ね、戦場のリアリティを我が身に染み込ませるようにして作った渾身の作である。

 「戦争を経験していた方たちがどんどん少なくなっていくにつれて、そちらに向かっていくような危機感を覚えたんです」

 塚本は1960年生まれ、戦後世代である。戦争を体験したことはないが、戦争の気配はまだ濃厚に日本社会の中に残っていた。

 「身近に戦争を語ってくれる人がいたわけではありませんし、すでに高度経済成長が始まっていた。とはいえ、やはり戦後たったの15年であり、皮膚感覚として戦争の匂いは身近に存在していたんです」

 しかし近年、その空気は徐々に変質していく。

『野火』『野火』
 「自分が戦争を愚かしいと思えば思うほど、戦争は愚かしいのだという風潮が消えつつあり、そのことが、この作品の作りづらさを加速させているように感じたのです」

 本作は、大規模な戦闘シーンや爆発による炎上、壮絶なる餓死者たちの描写や南国の溢れる自然といった絵作りの完成度にも高い評価が寄せられているが、実は全く

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