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 もはや旧聞に属するが、1997年に神戸連続児童殺傷事件を起こした元少年A(以下A)の手記、『絶歌』が大田出版から6月11日に刊行された。

「元少年A」の手記「絶歌」拡大ベストセラーとなった『絶歌』
 事件にいたる経緯、事件後の社会復帰にいたる過程を記した、33歳になったAによる「自伝的物語」であるが、初版10万部に15万部の増刷を重ねる大ベストセラーとなる一方で、メディア上では本書の出版、およびその内容が大きな波紋を広げている。

 「Aの身勝手な自己救済の書」「出すべきではなかった」「買うこと自体が不謹慎」「印税目当てのカネ儲け」「未読だがタイトルが良くない」などなどの、失笑すべきお粗末なコメントを含め、議論の主流は、感情的で短絡的な拒絶反応にしか思えないものだが、多くの批判に正比例するように、本書が飛ぶように売れたのは皮肉といえば皮肉である(もっとも、なかには説得力のある記事や論考も散見される)。

 以下では、それらの記事や論考のいくつかを随時参照しながら、『絶歌』という作品を、まずは<テキスト=自伝的物語>として読んでみたい(むろんそれは、本書の素材となった実在の事件・人物にも触れることになる)。

 が、その前にちょっと迂回しておこう。

 私は事件当時、Aの犯した凄惨な殺人にぞっとすると同時に、事件とそれを起こしたAに対し相応の興味を抱いた。

 が、しょせんは<当事者(被害者遺族・加害者遺族を含む)>でもなく、Aに関わった鑑定医・刑務官・保護観察官・篤志家の支援者でもない、<第三者>の私の中で、あの特異な凶悪事件に対する関心は次第に薄れていった(専門外だが宗教学に興味のあった私は、1995年の地下鉄サリン事件以後、日本社会を震撼させたオウム真理教への関心は持ち続けたが)。

 こうした、<当事者>と<第三者>の相違という点は、凶悪犯罪とその加害者の手記出版を考えるうえで、重要なポイントとなる。

 この点については、小松原織香(セクシュアリティ研究)による、「なぜ、あなたが加害者を憎むのか?」というブログ記事が急所を突いている。

 小松原は、『絶歌』を書いたAに対する煽情的な批判・断罪を疑問視しつつ、こう述べる。

 被害者が加害者を憎むのは当然のことだ。(……)だが、なぜ第三者が[加害者を]そんなに憎むのかはわからない。加害者が手記を出すことで、裏切られた気持になる被害者・遺族がいた[ママ]ことは重く受け止めなくてはならない。だが、(被害者でも加害者でもない)「私たち[第三者]」が裏切られたわけではない。手記を出して内容がまずかったとしても、不法行為ではないし、それで「私たち[第三者]」が傷つけられたわけではないのだ。/また、被害者・遺族の気持ちは一枚岩ではない。(……)マスコミ関係者は、視聴者が「加害者への憎しみ」に同一化[感情移入]するために、捏造ではなくても「情報の選別」や「演出」を行っている。(……)/加害者への憎しみをあらわにする前に、立ち止まったほうがいいことがある。(……)「加害者を憎む気持ち」は私は人一倍大きいと思う。それはマスコミだけではなく、直接に被害者・遺族の話を聞く中で蓄積されてきた「ゆるせない」という思いであり、そう思わなければ被害者・遺族に申し訳ない[と]考える(勝手で一方的な)義務感でもある。だが、それとは距離を取りたいと思っている。[被害者・遺族に同一化しようとして]、かれらの憎しみを勝手に作り出して虚像を生み、自分の感情を発散するための道具にしてしまう危険は、どこの誰にでもある。つまり、「当事者でないことをわきまえよ」ということである。(……)加害者の気持ちも被害者の気持ちも、第三者には[当事者のようには]わからない(livedoorニュース BLOGOS、2015・6・11)。

 卓見だと思う。現在メディア上で吹き荒れているのは、まさしく、あの事件の被害者遺族に感情移入したつもりになった者らの、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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