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[4]ポスト松浦弥太郎の『暮しの手帖』を占う

「ていねいな暮らし」路線から文芸路線に?

青木るえか エッセイスト

 あの『ビッグコミックオリジナル』が「戦後70周年増刊号」を出した。これを見た瞬間に思い出したのが『戦争中の暮しの記録』だ。あの『暮しの手帖』が、通常号を一冊まるごと、「庶民が見た戦争の思い出」だけの戦争特集にしてしまったという号。

 ……そんなこと言ったってわかる人は少なくなってるだろう。その『戦争中の……』が出たのは1969年(!)で、戦後から1980年ぐらいまでにかけて『暮しの手帖』という雑誌は、「消費者(=庶民)の側に徹底して立った生活雑誌」「反戦平和、どっちかといえば反体制雑誌」「広告がないから大企業相手に好きなことを言える雑誌」「商品テストの雑誌」という「泥臭い雑誌」としての確固としたイメージがあって、しかし編集長の花森安治が死んでから雑誌は迷走を始め、何回かのリニューアルを経て、今では「おしゃれなくらしの雑誌」になっている。

花森安治氏=昭和20年代 拡大花森安治さん=昭和20年代
 あの『暮しの手帖』がこんなふうになるとは想像もつかなかった。しかし今の『暮しの手帖』しか知らない人は、昔があんなんだったとは想像もつかんことだろう。

 しかし、花森以後の迷走時期というのは唖然とするものがあって、何かの増刊号の表紙が、確か弁当の特集増刊号だったか。

 タイトル文字を、海苔の画像を切り取って貼りつけてあるんだけど、海苔画像をどこのネットから取ってきたんだか、というような、解像度72dpiみたいな、バリバリにシャギーの入ったまま使ってあって、目を疑った。

 花森安治が死んだ時に、故人を偲んでの話の中に、ブツ撮りのバックに使う赤い布を探し求めてどんなのを買ってきてもダメが出て、ついには染めさせて望みの色の布を手に入れた、しかしそれは白黒写真だった、ってな話を思い出していた。

 「白黒写真だからそんなにこだわらなくても」って言ったら「これからはカラーの時代だ、編集者に色の感覚がなかったらどうする!」とものすごい剣幕で叱られた、っていうんだけど、そういう話を聞いてたからあの表紙にはたまげた。花森安治が恐怖の大王となって編集部を焼き尽くすぞ!と思ったものです。

松浦弥太郎さん拡大松浦弥太郎さん
 表紙がそんなだから内容も古臭い、時代に取り残されているのに、頑なに動くことを拒否するような、つまらなーい感じになっていき、こりゃー『暮しの手帖』もこれまでか、という時に、現れた救世主が松浦弥太郎である。 ・・・ログインして読む
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筆者

青木るえか

青木るえか(あおき・るえか) エッセイスト

1962年、東京生まれ東京育ち。エッセイスト。女子美術大学卒業。25歳から2年に1回引っ越しをする人生となる。現在は福岡在住。広島で出会ったホルモン天ぷらに耽溺中。とくに血肝のファン。著書に『定年がやってくる――妻の本音と夫の心得』(ちくま新書)、『主婦でスミマセン』(角川文庫)、『猫の品格』(文春新書)、『OSKを見にいけ!』(青弓社)など。

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