道家英穂 著
2015年08月27日
第2次世界大戦が終結して70年の今年、あらためて「死」の問題が取り上げられた。
もちろん死は人間を初めとする生物にとって常に避けられないものとして、いつの時代でも顕在する。
戦争や災害、事故で多くの人間が一度に死亡すれば、それは「大事件」として取り上げられ、記録に残されることになるが、身近な人間が病死する、あるいは天寿を全うしても、残された人間にとっては忘れることのできない出来事として記憶の底に刻まれるはずである。しかも後者の場合、さまざまな意味での愛情が心に刻まれているがゆえに、哀しい出来事であるとともに、どこか愛しい想いもよみがえってくるはずである。
実に真摯に、そして丁寧な筆致で語られる本書を読むと、もちろん西欧文学における「死生観」をさまざまな名作を通じて探究した労作であることは言うまでもないとして、死の背後に厳然として愛があることに気づかされ、深い感動を覚えた。
『死者との邂逅――西欧文学は<死>をどうとらえたか』(道家英穂 著 作品社)
どの章を読んでも教えられることの多い書物だが、とりわけ著者の想いが見事に息づいているのは、たとえばダンテの『神曲』。
その「地獄篇」や「煉獄編」の恐ろしい描写に、読む者は心穏やかならざる衝撃を受けるけれど、それでも「地上楽園」(エデンの園)に至れば、マテルダという案内役に導かれて理想の風景に出会い、愛のもたらす豊かな世界に想いをいたすことになるだろう。
そして本書が取り上げる作品のどれもが、もちろん「死」のもたらす残酷な姿に直面せざるを得ないとしても、そのことを通じて「死者」の面影を目にすることになるわけで、その意味では死もまた生者に救いをもたらすのだ。
同時にここでどうしても付け加えておくべきなのは、本書が正に文学の、西欧文学のみならず、およそあらゆる文学の本質、伝統を見事にとらえている点である。
すなわち、過去の文学を手本として新しい世界を創造することが後代の文学の重要な使命だとすれば、「死」という主題を取り上げるときにも、この本質的な想いを優れた作家は忘れることがなかったという点である。
この意味で、タイトル以上に広い世界へ読者をいざなってくれる稀有の書と言うべきだろうか。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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