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「まれ」はテレビの神さまに悪いと思う

このドラマは何のためにあったのだろう

矢部万紀子 コラムニスト

 「まれ」というドラマは、一体何のためにあったのだろう。

 不思議をあげていけばきりがないドラマだった。なぜ主人公の希(まれ)の後輩パティシエ女性は突然、滝川クリステルやYOUの声帯模写で話すのかなどもその一つだが、いちばん不思議なのが、誰に何を届けようとしたのか、だった。

「まれ」の撮影を終えて、あいさつする土屋さん拡大「まれ」のクランクアップで挨拶するヒロインの土屋太鳳さん
 「朝ドラは、専業主婦の自己肯定のためにある」という説を聞いたことがあった。

 ハンサムな夫、きれいな妻、二人が織り成すドラマを自分に重ねあわせる。するとしばし、現実を忘れることができる。

 そのための装置が朝ドラだという説で、夫=高良健吾、妻=井上真央の「おひさま」が例にあがっていて、なるほどなあと思った。

 高良くんが隣にいて、しかもすごく優しい。それはうっとり、現実逃避できる。

 「うっとり系」には、うっとりさせるだけの技量が必要だ。

 「ゲゲゲの女房」の向井理くんには私も相当うっとりさせていただいたが、「梅ちゃん先生」も「ごちそうさん」も「マッサン」もみなその系譜で、「うっとり」の仕掛けをあれこれ作っていた。

 そこに時々「カーネーション」や「あまちゃん」という傑作がはさみこまれ、「うっとり」以上の意味と感動を与え、別な意味で衝撃の「純と愛」もいた、というのが朝ドラの近現代史、以上終了。

 だったはずだが、「まれ」である。いったい、何だったのだろう。

 「まれ」のテーマは多分、「生涯かけてしたいこととは何か」「それを実現させるとは」。そんなことだろうと思う。

 堂々のテーマであり、それを「夢」という言葉に象徴させたのもよいと思う。子ども時代の希に「私は夢が大嫌いです」という作文を書かせ、大きな声で読ませたのも、まあわかりやすい出だしだがいいとしよう。

 というのも希には夢を追い求めるがゆえにいい加減な父がいて、父を反面教師に地元で公務員になったあたりからドラマが動き出す。「夢を追わない」象徴としての公務員という図式からして、単純だ。が、そこも目をつぶろう。

「いつしか」「理解と応援」

 そこから間もなく希は「パティシエになりたいのだ」という自覚にいたり、横浜に出て修業をする。が、このあたりから、 ・・・ログインして読む
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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。

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