中野三敏 著
2015年10月30日
徒然に読んで感銘を受けるのは江戸文学の泰斗・中野三敏の書物。
『十八世紀の江戸文芸――雅と俗の成熟』(中野三敏 著 岩波書店)
およそ文学研究とは、まずこの姿勢を忘れてはなるまい。
そもそも「近代的な」読み方など、不要なのである。
本書第3部、井原西鶴の『好色一代男』を取り上げた箇所では、谷脇理史の所説が完膚なきまでに剔抉(てっけつ)されていて、ここを読むだけでも、中野の作品理解の見事さと、谷脇の浅薄な読みと決まり文句の列挙とが明らかになる。
本書は1999年の刊行。それが「岩波人文書セレクション」の1冊として、つい先頃再刊された。
久しぶりに読み返してみて、やはり名著だとの感を新たにした。未読の諸氏は是非お読みあれ。
ただし、もちろん筆者とて江戸文学に詳しいわけではないし、次々に出現する人物の名前を目にして途方に暮れること再三である。それでも豊かな読書経験をさせてもらった。
今さら江戸文学に宗旨替えするには、残された年月が少なすぎるが、イギリス文学の18世紀を主に勉強してきた人間にも、たっぷりと刺激を与えてくれる本である。
副題にあるように、中野の見立ては、伝統文芸の「雅」と俗文芸の「俗」という二つの領域がバランスをとり、文化の成熟が見られた時代こそ18世紀、享保から寛政に至る時代。
その時代相を詳細に跡づけ、そこに現れた豊かな文芸世界を、まさに時代に即して、なおかつ華麗な文章で綴ったものである。300ページを超える書物だが、一気に読みふけった。
人文書コレクションの1冊として待ち望んだ刊行だが、同じコレクションの1冊として再刊されたものの中には、いささか首をかしげるものもある。特に翻訳書にその傾向が強い。
こうなると、江戸文芸の世界に深入りするしかないのだろうか。淋しい気分である。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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