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[書評]『組長の娘』

廣末登 著

井上威朗 編集者

最も効果的な暴力団対策を、体を張って実践  

 山口組が分裂したということで、私の生息する雑誌業界も盛り上がりをみせています。いろいろなルポや分析が誌面を飾っていますが、登場した識者の中で異彩を放っているのが、本書の著者である廣末登氏です。

 なにしろ、多くの論調が「ヤクザが分裂して弱体化するのはいいことじゃないか」という感じなのに、この廣末氏は「とても残念」と言ってのけるのですから。

 どういうことかというと、今の段階でヤクザを辞める人が続出しても、その人を社会復帰させる体制がぜんぜん準備されていないからだ、というのです。

 このままではヤクザを辞めた人がもっと良くない感じのアウトローになってしまうのでは、と危惧する廣末氏。

 この鋭い指摘は、廣末氏が「元ヤクザ」の方々からひたすら聞き取りを行うという研究を続けてきたから可能になったようです。氏はもう10年もそんなことをやっているそうですから、日本には本当にすごい研究者がまだまだいるのだなあ、と嬉しくなってしまいます。

 そんな「元ヤクザに何度も何度も話を聞く」という、どう考えても割に合わない、だけどすごい蓄積から出てきた最新の成果が、本書『組長の娘』であります。

『組長の娘――中川茂代の人生:更生した女性が語る自身のライフヒストリー』(廣末登 著 ハーベスト社) 定価:本体1800円+税拡大『組長の娘――中川茂代の人生:更生した女性が語る自身のライフヒストリー』(廣末登 著 ハーベスト社) 定価:本体1800円+税
 「半構造化面接」というインタビュー手法があります。

 あらかじめ質問事項などはきっちり準備しておくのだけれど、話の流れによってその質問は中止したり変えたりして、柔軟に対応していくやり方です。

 無意味になるかもしれないのに準備は入念にやっておき、本番では集中して相手の話を引き出すわけだから、面倒くさいことこの上ありません。

 廣末氏は、1年以上にわたって本書主人公の中川さんに対する半構造化面接を行いました。

 自宅だけではなく、レストランでの食事中、移動中の車内、さらにはスナックの席まで、彼女が行くところならどこでも取材場所になったそうです。

 何でそこまでして、この中川さんの話を聞く必要があったのか。本書のページをめくれば、すぐに理解することができます。

 中川さんの「語り」を再現したコテコテの河内言葉で披露される、驚愕すべきエピソードの数々が面白すぎて、目が離せなくなるからです。

 タイトルどおり、組長の娘として生まれ育った中川さん。本人もケンカ上等、男もヤクもドンと来いという感じで生きていくわけですが、家出して悪さをすると、組の若い衆にバレて連れ戻されています。若い衆を「恐怖の情報部員」と呼んでいます。

 それでも所帯を持って子供も作ったのに、つい浮気をしてしまったことから歯車が一気に狂い、シャブから抜けられなくなってしまう中川さん。ついに逮捕され実刑をくらい、女子刑務所へ。シャブどころか甘いものの禁断症状に苦しむ5年間を、中川さんは「大学」生活だと表現します。

 そして「大学」での人間模様も濃厚に描かれます。たとえば子殺しをした女性は「やっちゃった」者として、最下層の扱いを受けるのだとか。

 中川さんも懲罰や密告を恐れながら必死に毎日を乗り切るのですが、それでも朝食に出るヨーグルトを丹念にご飯と混ぜてきな粉をトッピングし、絶品の「リゾット」と称しておいしく食べたりしています。

 クライマックスは出所後の、家族との再会。母から渡された一粒のチョコレートを全身で味わい、中川さんは号泣します。

 家族の支えがあったおかげで、中川さんは生活を立て直していきます。

 すると彼女のところに、毎日毎日、困り果てた昔の仲間がやってきます。シャブを分けてくれ、カネを貸してくれ、追われてるからかくまってくれ……。

 いつの間にか中川さんは、そんな元組員や出所者たちを、人脈と経験を尽くして助けてまわるようになっていくのです。

 必死で助けても、裏切ってまた転落していく人がいます。でも中川さんはくじけません。自分には家族があったから立ち直れた。だけど、そんな存在にすら頼れない人が、自分を最後の頼みの綱としてやってくる。だから「困った時は、お互い様や」――。

 こうして、彼女は今日も支援を続けているのです。「持ちつ、持たれつやないか」と軽妙に謙遜しながら。

 ほかにも圧巻としか言いようのないエピソードがみっしり収められた本書を読み通すと、私たちは著者の明確なメッセージを素直に受け取ることができるようになっています。

 それは、「最も効果的な暴力団対策は、辞めた人を社会復帰させていく実績を積み上げ、それを世の中に示していくことだ」というものです。

 作中で「バッテン君」として登場する著者・廣末氏は、中川さんの「語り」にはページの横で親切な注をつけ、巻末では学術的解説をしながら、このような主張を裏付けてくれます。

 暴力団については何回かの取材とちょっと怖い思いをした経験くらいしかない私としては、彼の重みのある見解に賛同するしかありません。

 ということで、本書は笑って泣けて、そして学術的な知識と政策提言まで身につく、濃厚かつ読み応え満点の快著です。心より推奨いたします。

 *ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

井上威朗

井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者

1971年生まれ。漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍などの編集を経て、現在は某月刊誌の編集者。手がけた企画は竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』、本田透・堀田純司『メカビ』、斎藤貴男『「東京電力」研究 排除の系譜』(第3回いける本大賞)、古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです