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[書評]『ぼくたちは戦場で育った』

ヤスミンコ・ハリロビッチ 編著 角田光代 訳 千田善 監修

野上 暁 評論家・児童文学者

玩具のかわりに銃弾を集めて遊んでいた!  

 今年は戦後70年ということで、戦争をテーマにした本がずいぶんたくさん出版された。

 かくいう筆者も、8人の児童文学作家から、子ども時代の戦中戦後体験をインタビューした『わたしが子どものころ戦争があった――児童文学者が語る現代史』を、理論社から上梓した。

 70年前の戦争とは、ぼくが子どもの頃に、日清戦争の話を聞くよりも更に遠い昔の出来事だから、いまの若者や子どもたちに実感を持って受け止めさせるのは、なかなか難しかった。日本は、過去70年間にわたって戦争を体験していないのだから、当然である。その一方で、ほとんど絶え間なく、戦争は世界各地で続いているのだ。

 この本は、1992年から95年にかけての、ボスニア戦争の過酷な戦場で子ども時代を過ごした、1000人を超す若者たちのメッセージをまとめたものだ。

『ぼくたちは戦場で育った――サラエボ1992-1995』(ヤスミンコ・ハリロビッチ 編著 角田光代 訳 千田善 監修 集英社インターナショナル) 定価:本体2100円+税拡大『ぼくたちは戦場で育った――サラエボ 1992-1995』(ヤスミンコ・ハリロビッチ 編著 角田光代 訳 千田善 監修 集英社インターナショナル) 定価:本体2100円+税
 そこには、過去の戦争とは言い切れない、現在につながる生々しさがある。そして、現在も戦火の中での生活を余儀なくされている中東の子どもたちの日常を、想起させるものがある。

 サラエボはボスニア・ヘルツェゴビナの首都で、第一次世界大戦のきっかけとなった1914年のサラエボ事件と、1984年の冬季オリンピックの開催で知られている。

 現在のボスニア・ヘルツェゴビナを含む旧ユーゴスラビアは、多くの民族が共存する連邦国家だったが、チトー大統領が1980年に死んだあと、深刻な経済危機に陥る。

 それがきっかけとなって各共和国で民族主義派が政権を握り、領土分割のための戦争が始まったのだ。

 1992年3月、ボスニアが独立宣言をすると、東からセルビアが、西からクロアチアが国境を越えて攻め込んできてボスニア戦争が始まった。サラエボ包囲は1425日続き、10万から20万人の死者を出したという。

 さりげない言葉の中に、戦争がある。「あなたにとって、戦時下の子ども時代とは?」の問いに対する答え。

 「おじいちゃんが市場から帰ってくるのを待っていた……でも今も帰ってきていないわ」
 「おぼえていること。『ママが死んだよ』とパパが言った夜。それから『きみのパパが死んだよ』という言葉。戦争の馬鹿野郎」
 「父が出ていって、急にこわくなった。その夜父は帰らなかった。その後もずっと」
 「ぼくは4歳だった。母が妹を妊娠中に、父が前線で死んだ。その翌日、妹が生まれたんだ」
 「スナイパーがねらっている通りを、友だちが走って渡ろうとしていたんだ。母親が髪を逆立てて見守っている。それを見ている2人の男が賭けをしていたんだ。彼が生き残れるかどうか」
 「スナイパーが発砲するなか、7キロの道のりを徒歩で通学した」

 日常の中に肉親の死が、淡々と、しかも絶望的に語られる。

 丘の上から、だれかれ構わずスナイパーがねらい打ちする。通りを渡ろうとする友だちが生き残れるかどうか、命を賭けの対象にする戦時下の大人たちの心の屈折と荒廃。通学する子どもをも狙うスナイパーの恐怖。想像するだけでも身の毛がよだつ。

 「戦争の思い出――おもちゃのかわりに、銃弾を集めて遊んだこと!」「地下室でのビー玉あそび!  しかも毎日!」「爆弾の破片集め」「爆撃のあいだ、地下室でアンデルセン童話を読んでいた」

 過酷な戦場でも、それを遊びに変えてしまう子どもならではの遊び心と日常感覚。この本の仕掛け人、ヤスミンコくんは、戦争が終わったとき寂しそうだったと両親に言われたという。爆発音を数えたり、弾丸を集めたりした楽しみがなくなったと思ったのだ。

 訳者の角田光代は、ああした異常な日常では「ユーモアが生きる術になる」という言葉を、ヤスミンコくんから聞く。

 そして、子どもは言葉にならずとも、「遊ぶこと、笑うことで、たのしいと感じることで、子どもたちは闘っているのだ。包囲され、砲弾が飛び交い、爆発が起き、ライフラインが切断されたなかで、そんなことにはぜったいに屈しないのだという意思を持って、子どもたちはたのしみをさがし続けていたのだ」と言い、普通に暮らすことが抵抗だったのだと述べる。

 2013年、角田は『サラエボ旅行案内――史上初の戦場都市ガイド』(三修社)という本に出会い、テレビの仕事でサラエボを訪れた。

 敵に包囲され、一般人や子どもまで標的にされながら、コンサートや演劇やサッカーの試合も開催されていたという町に暮らす人々に会ってみたいと思って、色々な人に取材した。

 そのときに出会ったのが、この本の編著者であるヤスミンコくんだった。彼は、ボスニア戦争のときに子どもだった人たちに「あなたにとって戦争ってなんだった?」とインターネットで呼びかけ、それをまとめて編集したのだという。

 過酷な戦時下を思い出して語る若者たちの一言一言が、まるで貴重な箴言のようにも読み取れる。千人千様に記された短い言葉から、さまざまな物語が立ち上がり、子どもたちに降りかかった戦争の忌まわしい姿が鮮烈だ。

 それはまた、集団的自衛権の行使により、日本も戦争に加担しかねないことから、ますます身近になりつつある戦争の実態が透視できるようで、示唆的なだけに痛ましく不気味でもある。

 *ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

野上 暁

野上 暁(のがみ・あきら) 評論家・児童文学者

1943年生まれ。本名、上野明雄。小学館で子ども雑誌、児童図書、文芸書、学術書などの編集部門を担当。著書に『おもちゃと遊び』(現代書館)、『「子ども」というリアル』『日本児童文学の現代へ』(ぱろる舎)、『子ども学 その源流へ』(大月書店)、『越境する児童文学』(長崎書店)など。 編著に『わたしが子どものころ戦争があった――児童文学者が語る現代史』(理論社)、『子どもの本ハンドブック』(三省堂)、『いま子どもに読ませたい本』(七つ森書館)など。日本児童文学学会会員。日本ペンクラブ常務理事。