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[書評]『ニッポン沈没』

斎藤美奈子 著

中嶋 廣 編集者

尋常のコラムではない 

 ご存じ書評コラム集だが、一度に3冊をとりあげ、それを読み比べることによってグーンと奥行きが出た。全体の流れは雑誌掲載順で、それを大きく四つに括って、〈激震前夜〉〈原発震災〉〈安倍復活〉〈言論沈没〉とする。

『ニッポン沈没』(斎藤美奈子 著 筑摩書房) 定価:本体1600円+税拡大『ニッポン沈没』(斎藤美奈子 著 筑摩書房) 定価:本体1600円+税
 たとえば〈激震前夜〉であれば、「無縁社会」にちなむ『無縁社会――“無縁死”三万二千人の衝撃』(NHK取材班編著)、『単身急増社会の衝撃』(藤森克彦)、『人はひとりで死ぬ――「無縁社会」を生きるために』(島田裕巳)を取り上げる。

 そして、最初にストーリーありきのNHK取材班の本はウザい! それに比べれば「ひとりで生き続けたということは、徹底して自由に生きたということでもある」という、島田の爽快な提言に拍手を送る。

 〈原発震災〉では、「いま検証しておきたいのは震災前にだれがどんなことを語っていたかだ」として、広瀬隆『原子炉時限爆弾』、佐藤栄佐久『知事抹殺』、豊田有恒『日本の原発技術が世界を変える』を読み比べてみる。

 まるで明日の予言の書とでもいうべき広瀬隆、国と東電にはめられた佐藤栄佐久、反原発にたいし感情的な罵倒にはしる豊田有恒。こうして並べてみるだけで、原発をめぐる立体的な構図が浮かび上がってくる。

 あるいは「震災後を語る人びと(2)脱原発編」として、金子勝『「脱原発」成長論』、中沢新一『日本の大転換』、山本義隆『福島の原発事故をめぐって』を読む。この項は、中沢の稀有壮大な「おっちょこちょいパワー」全開の(ほめ言葉です、たぶん)、脱一神教としての脱原発論をはじめ、読みでがある。

 〈安倍復活〉では、「日本の対米追従はいつまで続く」と題して『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』、『裏切る政治――なぜ「消費増税」「TPP参加」は簡単に決められてしまうのか』、『帝国解体――アメリカ最後の選択』を読み比べる。チャルマーズ・ジョンソンの『帝国解体』が、アメリカ帝国の崩壊を予言して鮮やかだ。

 そうかと思えば、『超訳マルクス――ブラック企業と闘った大先輩の言葉』をはじめとするマルクス本を読み比べる。

 でも、なんで今、マルクスなの? 「そんなの簡単。現代の日本が要するに『格差社会』だからである(と思う)。なにもいまさら『格差社会』なんて命名する必要はないんだよ。そいつは『階級社会』ってえんだよ」。本質を見抜く斎藤美奈子の啖呵は、相変わらず小気味いい。

 そして最後の〈言論沈没〉では、言論界のみならず文壇や詩壇の内部でも、「3・11」を書くことを忌避する雰囲気があるとし、ここはやはり「蛮勇」を奮って『想像ラジオ』に芥川賞を受賞させ、読者を一桁増やすべきではなかったか、とする。

 その重苦しい雰囲気をぶち破ったものとして、佐藤友哉『ベッドサイド・マーダーケース』、津島佑子『ヤマネコ・ドーム』、奥泉光『東京自叙伝』を挙げられれば、これは是非とも読まねばならぬ、という気になる。こう並べられると、俄然三つとも光って見える。

 あるいはまた安倍内閣が、笛吹けど踊らぬ空疎なスローガンで末期資本主義を煽るのを横目で見ながら、水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』、松井孝典『われわれはどこへ行くのか?』、広井良典『人口減少社会という希望』を読めば、そこにはポスト資本主義の、微かな希望の灯が見えてくる。

 少し前に東京新聞の「大波小波」が本書を取り上げ、まことに小気味がいいが、いかんせん小味だ、斎藤美奈子にはそろそろ正面をきった堂々としたものを望む、とあったが、どうしてどうしてこのコラム集の切れ味、水準の高さは尋常ではない。

 いささか私事にわたるが、ちょうど1年前に脳出血で手術をした。2か月たっても寝たっきりで女房子供の名が言えず、3か月目に試しにパソコンをさわってみたが、文字通り1字も打てなかった。

 医療保険で決められたリハビリの期限が来たので、今年(2015年)の半ばに退院したが、その間の記憶が曖昧である。そのころ出た本をいくつか読んでも、事の軽重や繋がりがよくわからない。

 その時この本に出会ったのである。『ニッポン沈没』という本に出会って、私はかろうじて「沈没」を免れたのである。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

中嶋 廣

中嶋 廣(なかじま・ひろし) 編集者

1953年生まれ。新卒で入社した筑摩書房はすぐに倒産。9年後、法蔵館へ移籍し、『季刊仏教』を編集しつつ、『上山春平』著作集や養老孟司『カミとヒトの解剖学』などを編集。2001年、トランスビューを設立し、池田晶子『14歳からの哲学』、森岡正博『無痛文明論』、島田裕巳『オウム』、小島毅『父が子に語る日本史』、チョムスキー『マニュファクチャリング・コンセント』などを手がける。