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山本義隆と<社会意識>としての全共闘(下)

自己は世界まで拡張できる

菊地史彦 ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

 九州で育った小阪修平(現・評論家)がはじめて東京へ出てきたのは1966年だった。

 東大に入学した小阪は、「岩波新書は半分ぐらい」読んでいたが、自身の「一般的な教養」の“外”の世界があることをすぐに思い知る。

小阪修平拡大小阪修平=1991年
 猛烈な勢いで勉強し、「半年前には埴谷や吉本の名前も知らなかった九州の高校生が、サルトルや不条理劇やヌーボー・ロマンをあたかも十年前から知っているような顔をしてしゃべっていた」(小阪修平『思想としての全共闘世代』、2006)。

 知的世界が急激に拡大するにつれ、この領域でなら、「自分は何でもできるという感覚」が彼の中にごく自然に生まれていた。

 世界の先端思想に自分はいつでもつきあえるという効力感である。

「全世界を獲得せよ」

 思うに1966年は、こうした知的効力感に裏打ちされた「知識人」が

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

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