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[書評]『わが記憶、わが記録』

御厨貴 橋本寿朗 鷲田清一 編

佐藤美奈子 編集者・批評家

消費社会の奥底を照らす堤清二と辻井喬  

 堤清二と辻井喬。2013年11月に世を去った氏が、現在の私たちにより大きな影響を及ぼすのはどちらの名として、だろうか。

『わが記憶、わが記録――堤清二×辻井喬オーラルヒストリー』(御厨貴 橋本寿朗 鷲田清一 編 中央公論新社) 定価:本体3200円+税拡大『わが記憶、わが記録――堤清二×辻井喬オーラルヒストリー』(御厨貴 橋本寿朗 鷲田清一 編 中央公論新社) 定価:本体3200円+税
 サブタイトルが堤清二、辻井喬の順で記されるように、本書の編者であり聞き手である3名が比重を置いて裸にしようと迫る対象は、辻井喬ではなく堤清二のほうである。

 それは3名の専門分野がそれぞれ、御厨貴氏は政治、橋本寿朗氏は経済、鷲田清一氏は哲学のほかモードやファッションであることを踏まえれば、詩人・作家の辻井喬より実業家・堤清二により強く光が当たるのは当然でもある。

 それにもかかわらず、いや、だからこそだろうか、事業家・堤清二に肉迫すればするほど文学者・辻井喬が必要とされたことが、本書を通して深く理解されてくる。

 西武グループの創業者で政治家として衆議院議長も務めた堤康次郎の「私生児」として1927年に生まれ、東大時代は共産党へ入党し、スパイ容疑で除名処分、のち父の議員秘書を経て西武百貨店ひいてはセゾングループ経営の道へと歩みを進める人物が、ビジネスマンとして最も脂の乗った時期を過ごした1970年代後半から80年代前半の日本には、J・ボードリヤールいうところの「消費社会」が出現していた。

 こうしてかいつまんで眺めるだけでも、堤清二という人の経歴は、御厨氏が「政治・経済・文化をいわば串刺しにした形で、戦前から戦後復興、高度経済成長からポストバブルまでの日本の軌跡が、多層的に見えてくる」と判断し、オーラルヒストリーの対象として堤=辻井氏にこだわった理由が納得できる。

 商品そのものでなく商品が発する記号イメージ(とそれらの差異)が価値を生むという、消費社会の性格・性質に、セゾンが属した流通小売業という業種はフィットした。

 糸井重里による有名なコピー「ほしいものが、ほしいわ。」は、「欲望の生産をしていたら、果てに欲望自体が消費されてしまって、本当に心から欲しいと思えるようなものが欲しい」と解釈できる、つまり広告が自己批評している点で非常に優れていると見る鷲田氏は、そのあり方は同時に、セゾン文化自体が消費の対象となることで、絶えざる拡張を促す資本主義の論理に呑み込まれる危うさ、セゾンの自己否定に至る可能性を指摘する(第六回「渋谷進出、無印良品と『反体制』」)。

 この事実をどう受け止めていたか、と尋ねる鷲田氏に対し、堤氏は「もっともなことだと思います。[中略]たしかにそうですから(笑)」と答え、自ら会社で「自己否定をしたほうが成功だよ」と発言していた、と説明する。

 さらに「私自身、嘘をついているわけです。自己否定といいながら、では百貨店をやめるかといったらやめない。どんどん増やしましたから」と述べる。つまり、自己否定に自覚的だったばかりでなく、戦略的でさえあったということだ。

 DCブランド等でブランドブームを煽るいっぽう、それへの自己否定としてのノーブランド「無印良品」を成功させたことは、戦略としての自己否定を見事に体現する成功例だ。

 半面、無限の拡張を強いる消費社会という迷路に入り込むことで、たとえば「醜さからの脱出は可能か/死体から 傘をさして魂が歩き出すように」(「おお皆の醜」『箱または信号への固執』1978年、所収)で始まる辻井喬の詩が生まれてくる。

 醜さとしか映らない消費社会の奥の奥に身を埋め、牽引もする自身を、魂と化した辻井喬が眺めていたということか。

 分裂し、矛盾し合い、経営者としての自身を「功罪相半ばする。ちょっと罪のほうが多いかな」と規定する堤清二に肉迫するほど、辻井喬の存在が理解されるとは、こういうことを指す。

 巻末に付された御厨氏の文章によれば、四部構成の本書のうち後半の二部は、未定稿(堤氏からは原稿の整理も拒まれていた)だったものを「ご遺族の許可を得て」、「定本の形に仕上げた」とある。

 堤氏の底を割らせようと丁々発止の議論を仕掛ける3人とのやり取りは緊張感を生み、一人称で語られる『叙情と闘争――辻井喬+堤清二回顧録』(中公文庫)とは異質の重量感のある読み応えをもつ。しかし、予定ではさらに突っ込んだ内容を聞き出そうとしていたというから、その点は残念としか言いようがない。

 日本の政治、文学、経済が「思想の言語を持っていない」ことへの嘆き、「大衆」を軸とした吉本隆明思想の特徴、戦後のいわゆる左翼批判、三島由紀夫が考えていたこと、財界の致命的問題点、格闘を強いられた日本型集団主義などなど。今も抜け出せないばかりかさらに深まりを見せる消費社会の闇について考えるために触れたいテーマが、堤清二=辻井喬ヒストリーのなかには数多く秘められてある。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

佐藤美奈子

佐藤美奈子(さとう・みなこ) 編集者・批評家

1972年生まれ。書評紙「図書新聞」で記者・編集者をつとめた後、2008年よりフリーランスに。現在、講談社などで書籍編集・ライターの仕事をし、光文社古典新訳文庫で編集スタッフをつとめる。自身の読書の上では吉田一穂、田村隆一といった詩人の存在が大きい。「死と死者の文学」を統一テーマに「古井由吉論」「いとうせいこう・古川日出男論」(各100枚)を『エディターシップ』2、3号に発表。