美術館がタブーを恐れなくなった
2015年12月21日
フランスのヌーヴェル・ヴァーグの金字塔となったジャン=リュック・ゴダールの映画『勝手にしやがれ』(1951)の後半で、ジャン=ポール・ベルモンドが「密告者はバラし、泥棒は盗み、殺人者は人を殺し、恋人たちは愛し合う」という同義反復のような不思議なセリフをジーン・セバーグに語るシーンがある。
この映画では、本性を現したのだから仕方がない、というような意味だが、今年(2015年)はみんなが本音を見せた年のようだ。
政治家は国民のことを考えずに、アメリカの意向と経済界の利益のために動く。それに反対する国民はデモをする。それが学生にも広がる。沖縄の知事は国と正面から戦い、地元が支持をする。
有名デザイナーはお金儲けのために平気でパクリをする。それに怒ってネットで袋叩きにして、引きずりおろす。
フランスで苦しむ移民たちは、テロを起こす。それに対抗して、大統領はシリアへの空爆を増す。EUは貧乏国ギリシャを切り捨てようとする。アメリカでは大統領候補者がイスラム教徒を入国させるなと言って、喝采を浴びる。
そんな「本音」ベースの雰囲気が、偶然かもしれないが美術展にも現れていたように思う。
その結果として、美術とは何か、美術館とは何かを問いただすような根源的なテーマの展示が目立った。美術館がタブーを恐れなくなったというべきか。
(1)「春画展」(永青文庫)
そこで反原発を唱えて怖いものなしの細川護熙元首相が理事長を務める永青文庫が名乗りを挙げた。
笑いながら春画を見る、新しい時代が来た――日本も文化的にはようやく先進国並みに?(WEBRONZA)
もともと春画は江戸時代には貸本として普通に流通していたものだし、嫁入り道具のひとつでもあった。明治以降、長い間影の存在だったが、性表現の自由化に伴って1990年前後からは印刷物としては数冊が普通に出回っていた。
美術館が25年もそれをやらなかったのは、単なる「ことなかれ主義」。今回の展覧会では
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください