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[書評]『へろへろ』

鹿子裕文 著

高橋伸児 編集者・WEBRONZA

ぼける前に読む!  

 赤瀬川原平さんが、「老人力」を唱えて「老い」という負のイメージを反転させたのが1997年。それ以降、一時、藤原智美さんが「暴走老人!」などとぶちあげたことはあったのだけど、今では「徘徊老人」とか「老後破産」、はたまた「下流老人」という言葉が流行語になったかのようだ。

 加えて、僕自身、肉親の病気や先輩諸氏がお年を召していくさまを見ていると、(自分も含めて)人が老いた先に何が待っているのか、リアリティがいや増す齢になってきた。

 本書は、ほとんど仕事がなかったフリー編集者が、福岡市の高齢者介護施設「宅老所よりあい」の人たちと知り合い、なぜか「世話人」として関わるようになり、「よりあい」が総額3億円以上のカネで特別養護老人ホームをつくるまでの疾風怒濤の日々の記録だ。

『へろへろ――雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(鹿子裕文 著 ナナロク社) 定価:本体1500円+税拡大『へろへろ――雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(鹿子裕文 著 ナナロク社) 定価:本体1500円+税
 タイトルに「へろへろ」だの「ヨレヨレ」だのとあるが、これには逆説的な含意も何もない。職員も著者も本当にへろへろ、ヨレヨレになるのだ。

 でも、「徘徊」とか「破産」とか「下流」とかの本とは読後感が真逆だ。

 どんな壁にぶつかっても「ケ・セラ・セラ~」と笑い飛ばす楽天性、変人とさえ思える職員の人たちの個性、ぼけたお年寄りたちのえも言われぬ魅力(もちろんシリアスな事例もあるのだが)、物件探し、資金集めのためのバザーやカフェの開店、手づくりのジャムをつくったり夜店でおもちゃまで売る際の破天荒さに、読みながら何度も噴き出す。

 なぜ特養を開くのに多額のカネを工面できたのか、そのプロセスを紹介するよりも、開所式での来賓の挨拶を引用したほうが手っ取り早い。

 「『よりあい』さんで印象的なことと言えば、……その資金作りの必死さと申しましょうか、……バザーなんかに伺いますと、絶対ただでは帰さんぞという迫力が……」
 「『よりあい』」と出会いさえしなければ、ま、今日なんかも、もう少しいい背広でみなさんにご挨拶できた……」

 これで会場がみな大笑いしている。「よりあい」の職員たちと施設の空気感が一目瞭然だろう。

 「よりあい」は、地元で暮らすお年寄りの生活を支える介護施設として、この世界では有名だという。ある新聞には「お年寄りが管理されるのではなく、自らのリズムでのびのびと過ごすよりあいは、全国に広がる宅老所のモデル」とあった。

 それが立派な特養を開いてしまったのだから、書きようによってはメディアが大喜びしそうな“成功譚”になるところだが、本書は明るくユーモラスな美談に終わらない。終わらせない。

 随所に「ぼけても普通に暮らしたい」ことを許さない社会に対する憤懣がある。職員たちも、何も好きこのんでこの世界に踏み入れたわけではない。「目の前になんとかしないとどうにもならない人がいる」からやっているのだ。

 そして著者は「ぼけた人を邪魔にする社会は、遅かれ早かれ、ぼけない人も邪魔にし始める社会だ。用済みの役立たずとして。あるいは国力を下げる穀潰(ごくつぶ)しとして」と喝破する。この言葉を前にすると、「1億総活躍社会」などというスローガンが、どれだけ無神経で、がさつで、空疎かがわかるだろう。

 「よりあい」の評判を聞いて介護に関心ある人もずいぶん集まってきたらしい。だが、福祉への「意義」を語って盛り上がる人がたくさんいたものの、そのうちみな見事に去って行ったという。

 「美しいことばかりを語ろうとする人はやっぱり怪しい。勝手な思い込みだけで先走り、そのくせ地道なことは全然やらない。そんな人がいると、周りは疲れて迷惑するだけだ」

 こういう姿勢が首尾一貫しているから、著者の鹿子さんが、企画、取材、執筆、撮影、編集まですべてこなしてつくっている「よりあい」の雑誌『ヨレヨレ』の魅力が異彩を放つ。

 僕はつい4号全部買ってしまったのだが、これまた奇書ならぬ「奇誌」とでもいうのか、内容のむちゃくちゃぶりにゲラゲラ笑ってしまった。

 表紙は本文にはまったく登場しない宮崎駿やら芸人の渡辺直美の似顔(描き手はモンドくんという少年)だったりするし(肖像権なんてややこしいものはこの際どうでもいいのだろう)、おばあさんの看取りのルポで、弱った様子の写真がでかでかと出ているわりには、暗さからも深刻さからも遠い。

 「単純に『読んでおもしろい雑誌』にしようと思った。……介護やぼけの世界を扱うからこそ、ゆかいで痛快で暗くもないものを作りたいと思った」というコンセプトが全開だ。

 深刻なテーマを深刻に、しかつめらしい顔をしてつくるのはある意味簡単だ。でも、こんな雑誌を本気でつくるのはそりゃあ、「へろへろ」になるに決まっている。

 その様子は本書に詳しいが、結果、どこの書店でも普通に買える雑誌ではないのに、創刊号と2号の初版3000部は売り切れ、増刷したというのは実にめでたい(僕の持っているのは創刊号が5刷、2号目は3刷)。

 雑誌の表紙タイトルの上に「ぼける前に読んでおきたい『宅老所よりあい』のおもしろい雑誌」とあるけど、この「おもしろさ」を笑いつつ、「おもしろさ」の背後にあるものをしかと読み取りたいと思う。本書『へろへろ』も同様。読む前にぼけるのはもったいない。

 *ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

高橋伸児

高橋伸児(たかはし・しんじ) 編集者・WEBRONZA

1961年生まれ。「朝日ジャーナル」「週刊朝日」「アサヒグラフ」、論壇誌「論座」、PR誌「一冊の本」、単行本・新書の編集部を経て、2011年から言論・解説サイトWEBRONZA(朝日新聞社)の編集者。つくった本は、『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、藤崎康『戦争の映画史―恐怖と快楽のフィルム学―』、中島岳志『秋葉原事件』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです