慰安婦被害は植民地差別と女性差別という二重の差別構造のもとで起きた
2016年01月18日
2015年も押し詰まった12月28日、日韓の外相会談が開かれ、従軍慰安婦問題の政府間交渉が妥結した。翌日の新聞はどこもこれを大きく報じているので、ここでは触れないが急転直下の妥結は大きな驚きをもたらした。
誰よりも驚いたのは「従軍慰安婦問題は朝日新聞が捏造したもので、それを韓国が日本を貶(おとし)めるために世界に広めている」と信じてきた、いわゆるネット・スラングでネトウヨと呼ばれている人たちであろう。
岸田外務大臣の談話の中に「軍の関与を認める」という一言が入っていたのには、従軍慰安婦問題解決へ真摯な関心を寄せていた人々にも驚きを与えた。安倍政権は河野談話の見直しを唱えていた。また、韓国との賠償問題は1965年の日韓条約で解決済みの姿勢を崩そうとはしなかったので、このような急転直下の妥結があるとは想像していなかったのだ。きっと「きつねにつままれた」思いをした人も多かっただろう。翌日の新聞は日韓両国とも妥結の内容を評価していたが、両国政府が決められた内容を誠実に履行されるか否かを不安視する声も大きい。この妥結についてはまた稿を改めて書きたいことがある。
この驚くべき展開のおよそ1カ月前の11月26日に、私は世宗大学教授の朴裕河(パクユハ)氏がその著書「帝国の慰安婦」で、刑事上の名誉棄損で起訴されたことに抗議する声明発表の記者会見にのぞんでいた。
「帝国の慰安婦 植民地支配の記憶との闘い」は刑事事件として起訴される以前に民事としても争われている。原告はいずれも元慰安婦であったことを名乗り出た女性たちである。
親しみと尊敬がこもる「ハルモニ」という韓国語で紹介されることが多い。元慰安婦であったことを告白するのは、勇気が必要なことであり、社会の偏見と誹謗中傷と戦わなければならない立場に立つことは、それだけ大きな負担と犠牲を背負うことになる。負担と犠牲に敬意を払う気持ちを込め「ハルモニ」という言葉が使われる。
刑事事件での起訴に先行して民事上の裁判も提起されていた。1月13日にはソウル東部地裁によって名誉棄損を認め約880万円の損害賠償を認める判決がくだされた。朴裕河氏は控訴の方針を表明している。また20日には刑事裁判の第一回公判が予定されている。
「帝国の慰安婦」は多数の論点を含んだ書籍であることはまちがいない。日本では2015年の毎日新聞主催のアジア・太平洋賞及び早稲田大学主催の石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞している。韓国での民事訴訟と刑事起訴という事態に対して、日本での二つの賞の授賞という落差そのものが「帝国の慰安婦」がいかに争点の多い著述であるかを如実に物語っている。
それほどの論点を含む著述が、刑事起訴されたのはまことに残念だ。刑事起訴は著者の手足を縛り、言論を封殺することにつながる。 朴裕河氏の刑事起訴に抗議する声明には当初54名の研究者、政治家、文学者などが名乗りを上げた。いずれも従軍慰安婦問題の深い関心を寄せてきた人々である。河野洋平、村山富市、上野千鶴子、大江健三郎、アンドルー・ゴードン、トマス・バーガーなどの名もあり、声明発表後も楊大慶、ピーター・ドゥスなど賛同人は増え、現在67名を数える。
刑事起訴に抗議をする声明発表以降、ネットの論調を見ていると、朴裕河の著述が呉善花の著述を混同されて受け止められているのではないかと疑問に感じられる記述を散見するようになった。朴裕河は断じて呉善花ではない。呉善花とまったく逆方向の主張を持った著述家である。
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