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[4]戦死した全ての兵士のために号泣した原節子

末延芳晴 評論家

号泣のシーンに隠されていた新たな真実

中国の前線で再会した小津安二郎監督(右)と俳優の佐野周二=1938年12月、漢口(現・武漢)の朝日新聞現地支局前拡大中国の前線での小津安二郎監督(右)と俳優の佐野周二=1938年12月、漢口(現・武漢)の朝日新聞現地支局前
 なぜ、原節子は『東京物語』のクライマックスで、笠智衆から妻の形見だとして時計を渡され、存在を揺るがせるようにして号泣したのか。

 『原節子、号泣す』(集英社新書、2014年)の第九章『東京物語』――失われた自然的時間共同体」のなかで詳しく記述したように、東京から尾道に帰ったものの、急死した義母の志げ(東山千栄子)の葬儀が終わり、長男の山村聡や長女の杉村春子が、仕事を理由にそそくさと東京に帰って行ったあと、原節子だけは、あとに残り、死者の思い出を共有しながら、義父の笠智衆と義理の妹の香川京子と共に、静かではあるものの幸福の時間を過ごす。

 そして、「もう帰らなければ」という日に、原が笠にそのことを告げると、笠は、妻の形見として古い時計を原に渡し、原はそこで身をよじるようにして号泣する。

 私は、その理由と意味について、私たち日本人にとって「幸福なる生」の源泉として流れ続けてきた自然的時間共同体の崩壊・滅亡という視点から、以下のように記している。

 だが同時に、今生の別れになるかもしれない最後の「時」に臨んで時計を形見として手渡したことは、笠の方からの、原に対する、せめてあなただけはその時間を大切なものとして守り、生きる拠り所にしてほしいという願望の表明であり、原はその時計を受け取ることで死者たちの時間を受胎したことになる。こうして死者の表象といっていい笠智衆から、受胎告知とも言うべき形で時計を渡され、「――妙なもんじゃ……自分が育てた子供より、言わば他人のあんたの方が、よっぽどわしらにようしてくれた……いやァ、ありがとう」と頭を下げられて、原節子は父や母、失われた夫、そして自分自身の生きる拠り所であった、大いなる自然的時間が、今確実に崩壊し、終焉、消滅していくこと、そして自分がその現場に立ち会っていることを悟る。そしてこの大いなる時間の崩壊と終焉、そして喪失の「時」を生きるすべての日本人、さらには民族や宗教、国境、社会的階層、思想信条の違いを乗り越えて、地球上の生きとし生けるものすべてになり代わって、その存在を揺るがせるようにして号泣したのである。

 私は、『原節子、号泣す』を書き終えた時点で、彼女が号泣したのは、以上のような理由からだと思い、本の中でもそういう風に書き、これで自分は『東京物語』を読み切ったと思っていた。

 ところが、『東京物語』の奥はもっと深かった。

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筆者

末延芳晴

末延芳晴(すえのぶ・よしはる) 評論家

1942年生まれ。東京大学文学部中国文学科卒業、同大学院修士課程中退。1973年から1998年までニューヨークに在住。2012年、『正岡子規、従軍す』で第24回和辻哲郎文化賞受賞。『原節子、号泣す』(集英社新書)、『寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者』(平凡社)、『夏目金之助ロンドンに狂せり』(青土社)など著書多数。ブログ:「子規 折々の草花写真帖」