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[書評]『蚕』

畑中章宏 著

松澤 隆 編集者

つむぎ続けてほしい「産業のフォークロア」  

 本を手に取る理由は様々だが、ラジオを聴いて、ゲスト出演者の話の面白さに引き込まれ、ついに、その著書を購読してしまった経験は、初めて(きっかけは、1月下旬放送のTBSラジオ「荻上チキSession22」)。

『蚕――絹糸を吐く虫と日本人』(畑中章宏 著 晶文社) 定価:本体1800円+税拡大『蚕――絹糸を吐く虫と日本人』(畑中章宏 著 晶文社) 定価:本体1800円+税
 番組の約束事にしたがい、著者は曲をリクエストした。

 まず、荒井(松任谷)由実の「中央フリーウェイ」(1976)。

 ファンかなと思わせておいて、ミュージシャンの実家が八王子の老舗の呉服店であること、八王子はかつて生糸で大いに栄え、関東屈指の集散地であったこと、「フリーウェイ」の行程は当時の製糸産業の流通路の1つでもあったこと、などをしずかに語った。

 気の利いた導入だなあと感心した。

 次に映画「モスラ」(1961)でザ・ピーナッツが歌った「モスラの歌」。

 あのカイコガの怪獣のいわれについても、オタクめいた熱弁でも聞きづらい早口でもなく語っていて、好感を持った。

 やや残念だったのは、せっかく東宝映画に触れたのに「モスラ」と同年公開の「用心棒」へ言及がなかったこと。

 浪人(三船敏郎)は、名を訊かれて畑を眺め「桑畑三十郎」と答えたではありませんか。「名乗るほどじゃない三十男」という諧謔。

 それほど、この国はどこでも(カイコの飼料の)クワを栽培していた。浪人が農家の天井を刀で突き、繭玉をザッと落とす場面も印象的。

 黒澤明は独創的な活劇だけでなく、あまねく行なわれていた養蚕業を描き込むことで関東平野を映像化したのだ。いやほんの半世紀前、多くの日本人にとって養蚕も製糸も身近な環境であり、生活基盤そのものだった。

 黒澤映画には触れなかったけれど、話しぶりに惹かれ本書を読んだ。やはり面白かった。

 米や稲作の民俗は、すでに他書で多く語られていると思うが、カイコガの幼虫と日本人との関わりについて、これほど総括的でコンパクトな良書は無かったのではないか。

 古代からの生活、産業、国土(信州・甲州・関八州だけじゃない)、信仰(興奮必至)に影響を及ぼし、また、最重要の輸出産品として近代化を支えた養蚕・製糸業の起源と展開、戦争や外国(特に米国)の影響について、生物学・地理学・文献学・宗教学・経済学などの成果を存分に活用しつつ、ていねいに、かつまだるっこしくなく説きほぐしてくれる。

 これが「民俗学」というものの成果なら、実にありがたく、意味のある成果といえるだろう(なお「用心棒」への言及はないものの、養蚕を優先した農家の構造については、B・タウトも引用して端的に説明されています)。

 本書の魅力は3つある。

 第1に、先人の貴重な論考を過不足なく引いて、養蚕の諸相を自ずと理解させてくれること。

 そもそも引用の仕方次第で、執筆者の誠意や見識は(逆に野蛮なたくらみも)現れ出る。その点著者は、引用の作法の程がよい。中には、カイコの実態や養蚕の実景がスルっと得心できるような箇所も、忍ばせてある(来日したH・シュリーマンやI・バードの記述など、思わずニヤリとする)。

 第2は、著者の表現が語り口同様に大仰でなく、皮肉めいてないこと。

 もとより、郷愁を押しつけたりもしないし、(カイコだけに)懐古趣味に蚕食され……なんて箇所もない。

 以前の「いわゆる」民俗学者は、対象への溺愛のせいか、視界が曇ったり湿り気を帯びていたり、特定思想の根拠探しのための資料採集も少なくなかった気がする。言語も不明瞭で、口臭も鼻についた。

 しかし本書は、構成は自然、論述は冷静、行文も爽快。

 3つめの魅力は、この道の先人、具体的には柳田國男、折口信夫、南方熊楠、宮本常一、網野善彦など「一流の」民俗学者や歴史学者たちの「いかにも」彼ららしい文章に再会できること。

 これは1つめの魅力とかぶるけれど、少し違う。

 つまり本書はまず、上記のような有力な先達のみならず、様々な資料を的確に引くことで、《カイコと日本人との長いつき合いのすがた》を教えてくれる。それが第1の魅力だった。

 一方、柳田などの引用では彼らの個性が際立つ。蚕業という接点からモノの見方が伝わってくる。

 例えば著者が簡潔に示すのは、柳田の有名な「オシラサマ」研究と関心。柳田は「オシラサマ」を、女性が担い手であった養蚕の「神」としての個別の《性格》についてよりも、より普遍的な信仰の《起源》へと焦点を移す。

 自分にはこれは、無意識的な男性目線(または家父長目線)か、養蚕が女性に託されていたことへの、一種のバイアスなような気がする。

 もちろん、著者はそんなことは論じない。あくまでも、先人たちに「いかにも」の主張を語らせる。その手際のよさは、聡明な民俗学者であると同時に、明敏な編集者の仕事ぶりと言うべきかも知れない。

 それは、ラジオで語った「モスラ」原作についての叙述にも、にじみ出る。

 東宝の田中友幸の依頼に応じ、中村真一郎、福永武彦、堀田善衛が合作した経緯は有名だが(それにしてもすごい顔ぶれ)、怪獣が誕生した架空の南の島の神話を担当した福永、国会議事堂を繭で包む場面の堀田、それぞれの文章を、本書で初めて読んだ。

 だが映画では、繭で覆われたのは、東京タワー。国会議事堂がボツになった理由を、著者は「六〇年安保の翌年という時代状況もあり不採用になったという」とだけ付け加える。

 南の島、60年安保、議事堂。これを《含蓄》と言わずしてなんと言うべきだろうか。

 著者は「あとがき」で、本書で初めて「自称」「民俗学者」を名乗り、「産業のフォークロア」をめざした、と宣言する。ぜひ今後も、その志を《つむぎ》続けてほしい。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

松澤 隆

松澤 隆(まつざわ・たかし) 編集者

みすず書房で出版営業、表現研究所(現・小学館クリエイティブ)で編集全般、春秋社で書籍編集に従事し、その後フリー。企画・編集した主な書籍は、佐治晴夫『からだは星からできている』『14歳のための時間論』、小山慶太『星はまたたき物語は始まる』、鎌田浩毅『マグマという名の煩悩』、立川談志『世間はやかん』など(以上すべて春秋社刊)。